2-3
女性二人は未だに震えていた。此方を見たときに「ひっ」っと短い悲鳴を上げていたが、失礼じゃないか? まあ、あんな目にあったら仕方が無いとは思うけどさ。
戌人の方は特に被害は無いが、卯獣人は服を破られている。恥ずかしそうに身を縮め、懸命に隠そうとしているが、毛皮あるじゃん? って思うのはデリカシーがないのだろうか? ぶっちゃけて言うと全裸だろうと、どうも思わない。だって鳥獣戯画で興奮する性癖はないからな。
「大丈夫? 怪我とか無いかな?」
千香華が話しかけると、二人は目を丸くしていた。
「……男の人?」
「うん? 俺は男だよー」
「え? だってオークが……」
「俺は男だよ? 見る?」
息をするように嘘を吐くって言うのは、こういうのを言うのだろうか? まったく悪びれる様子も無い千香華は、ある意味凄いなと思うが、このままだと埒が明かなさそうなので、話をそらすか。
「それで? 怪我とかはねぇんだな?」
俺が話すとビクッとするのはなんでかねぇ? 結構傷つくんだけど?
戌人の女性が勇気を振り絞るように言う。
「あ……。はい、大丈夫です。あなた方のお陰で無事です。あ! お礼とか特に出来ないんですが……ありがとうございました」
ああ、お礼とか要求されると思ってたのかねぇ? 別に何か期待して助けたわけじゃないんだがな。
「ああ、別に構わないが、幾つか質問していいか?」
「はい。私で答えられる事でしたら」
聞きたいことっていうのは、此処が何処なのかとか、近くに町もしくは村があるかどうか、あとはこんな所で何をしていたかとか……まあ、情報収集だな。情報は世界を制するのだ。
「それよりさーケイ、こっちの子にコート貸してあげなよ」
俺これ貸したら上半身裸だぞ? 千香華が貸せばいいんじゃないのか? と思ったが、千香華のはそう見えているだけだったと思い出して、コートを脱いで卯獣人の方に手渡すことにした。
迷っているようだったが、服を指差して強引に押し付けるように渡すと、恥ずかしそうに受け取った。
明らかにサイズが大きすぎて、引きずっているが仕方ない。
「あの……ありがとうございます……」
小さな声でそういったので、気にするなと返すと戌人の後ろに隠れてしまった。俺は狼だが捕食したりしないぞ?
「まだ名前名乗ってなかったねー。俺は千香華。こっちのでっかいのは圭吾だよ。良ければ名前教えてくれないかな?」
「あっ! すみません、助けていただいたのに、名前すら名乗っていませんでした。私は戌人のサシャっていいます。こっちの子は、卯獣人のプラムです。チカゲさんにケイゴさんですね。チカゲさんは申人で、ケイゴさんは……戌獣人? でいいのでしょうか?」
「うーん、ケイは狼獣人だよ」
「えっ?」
「えっ?」
「狼獣人ってなんですか?」
「えっと、戌獣人の先祖がえりというか、突然変異? まあそんな感じー」
おいおい、適当だな……やはり狼獣人なんてものは存在していないのか。困った事になりそうだな。
「へぇ、そういう種族の方もいらっしゃるんですね。確かに戌獣人にしては大きすぎて、違うかもって思いました」
凄く良い笑顔でそう答えるサシャ。え? まじで? 普通に信じちゃうんだ……この子大丈夫なんだろうか? すぐ騙されそうだぞ。
「質問に答えるのは、私達の住んでる町に向かいながらでいいですか? プラムもその格好のままだと可哀想ですし……」
「ああ、構わないぞ」
俺がそう答えたが、まだ何かあるのか何かを言いたそうにしている。
「何かあるのか? 言いたいことがあるんなら言っていいぞ?」
「あっ、えっとですね……オークは回収しないのかなぁって思いまして……」
回収? 何の為に? もしかして……
「食べるのか?」
「え? 食べないんですか? とても美味しいのに……それにお肉屋さんに売ってもいいお金になりますよ」
まあ、豚肉だしな……しかし襲われたのにそれを食べ物として見るとは、この世界の奴らはこれが普通なのか? ちょっとひくわー。
しかし、金が……そういや一銭も持ってない。
確かこの世界の貨幣は、鼈甲貨を採用していたと思う。冶金技術が低くて貨幣鋳造が出来ない。というかこの世界の鉱石の融点が高く、硬度も高いなんて無茶苦茶設定のせいでまともな冶金技術が育たないのだ。
まあ、その鼈甲貨なんだが、ある特殊な亀の魔物の甲羅を使って作られていて。価値が一番高いのが黄鼈甲貨、その次が黒鼈甲貨、一番安いのが褐鼈甲貨となっている。それぞれ黄貨、黒貨、褐貨と呼ばれる。
それぞれの価値は、黄貨が十万エン、黒貨が千エン、褐貨が十エンだ。色と材質が違うだけで金銀銅貨とあんまり変わらない。面倒だからな! ちなみに単位はエンである。円では無い。
其れはさておき、俺達はオークの死体を回収して、サシャとプラムの住んでいる町とやらに向かう事にした。
その道中色々と情報を仕入れる事が出来た。
まず、この周辺に町は今向かっているゲーレン以外は名も無い小さな村だけだそうだ。柱に向かって十日もあるけば卯都ウルムがあるという。ゲーレンには色んな種族が住んでいるが、ウルムのように十二支の名前を冠している都には、基本的に同じ種族の人と獣人しか住んで居ないようだ。卯都であれば卯人と卯獣人ということである。
ちなみに今の卯王は、卯人のピネハスだそうだ。王といっても王族とかではなく、族長のようなもので各種族によって即位の基準は違うらしい。俺はそこまで設定してないのだが、やはりそういうのは必要なのだろう。
あとは二人があんな所で何をしていたのかというと、薬草採取だそうだ。薬草といっても料理などでも使うハーブとか山菜に近い感じの物みたいだが、最近町の周りは採取され尽くしてきて、遠くまで来ないといけなくなったとか。採取は元々、女や子供の仕事らしく危険でも仕方ないと言っていた。いやいや、あんなオークみたいな性犯罪者のような魔物が居るのに仕方ないで済ませていいものだろうか? いや良くないだろう(反語)
そして驚いたのが二人とも十六歳だったということだ。サシャはまだしもプラムは……いや、種族的なものだろうしそれが普通なのだろう。
ちなみにやっと慣れてきたのかプラムもそれなりに話してくれるようになった。たまに熱い視線を感じるのだが、勘違いだと思いたい。悪いが鳥獣戯画に興味がないんだ。
え? 酷いって? そんな事言われても、千香華がいるしな。姿は変わったし今は男の姿だけど、俺は千香華以外は興味が持てないんだよ。狼なのに草食系! なんてな。
そんなこんなで町に着いたのだが、やはり体の調子が良くない。オーク三匹は俺が担いでるんだが、持った時は結構軽いなって印象だったのに、今はやたら疲れている気がするんだ。
あとで看破を自分にかけて確認してみようと思う。




