幕間 ネズミオトコとトラムスメ
ああ、ぼくは何て幸せなんだ! ここ最近、気苦労が絶えなかったけど、それは全て今この時の為だったんだと思えるよ。神様ありがとう!
思い起こせば、本当に不幸の連続だったよ……ぼくがマスターを務めるコルネリウスギルド支部で不正が発覚して、その釈明の為に遥々コルネリウスからゲーレンまで旅をしなくてはいけなくなったし、その随伴者があのハザーンってのが、これまた不幸だ。
もう死んだ者をあまり悪く言うのもなんだけど……ぼくはハザーンの事が嫌いだった。前マスターの身内だかしらないけど、態度は大きいし二言目には『子種族が最も優れている』だし、影で何やってるか解ったもんじゃない。不正をしたといわれている者も口封じのように勝手に処刑して、そのせいで背後関係も有耶無耶になってしまった。背後で糸を引いているのはハザーンでしょコレ?
ぼくが居ない間にギルドで何されるか解ったものじゃないから、連れて来るしか無かったけど……旅の間ずっとハザーンの自慢と嫌味を聞いて過ごすのは苦痛そのものだった。
漸くゲーレンに着いたと思ったら、今度はヨルグさん襲撃事件……ぼくは非力だけど素早さにだけは自信があった。だけど黒衣に身を包んだ襲撃者は、思いのほか素早くて取り逃がしてしまった。ヨルグさんを護る為に直接対峙したぼくは大怪我を負ってしまったけど、大恩のあるヨルグさんを護れたからいいよね?
でも良く考えるとおかしい所が一杯ある……普段は人の後ろに付いてあれこれ言ってくるハザーンがこの時に限って『少し体調が優れませんので……』と言って何処かに行ってしまった。過去にヨルグさんにきついお仕置きを受けているから、会いたくなかったのかもしれないけどね。でもその日のぼく達の行き先は、非公式だったので知っている者が少なかったはずなのだ……。
それにぼくは聞いてしまった……ハザーンが療養しているぼくの部屋を退室する時に『馬鹿が……余計な事を……』と言っているのを……。
それから数日経って、ヨルグさんが二度目の襲撃を受けた。コルネリウスから一緒に来た子種族の者は、ハザーンの息が掛かってる可能性が高いので信用が置けず、冒険者時代の伝手を使って情報を収集していたぼくは、ハザーンが黒幕だと確信するに至った。
今回の襲撃は、ギルド内で起こった。侵入に使われたギルド徽章のレプリカは、コルネリウスの物だと解ったのだ。実はあまり知られていないが、ギルド徽章は発行されたギルドによって多少デザインが違う。いや、デザインは一緒なのだが、細部に隠された意匠が異なるのだ。ぼくの持つ物はゲーレンで発行されたものなので、特に変わりはないのだが、各都のギルドで発行されるものは、その都の干支の文字が巧く隠されている。
知るものが見れば一目で解るのだが、そのレプリカを作った者は細部に拘りそこまで精巧に作り上げていたようだ。これは情報を掴んだ者が運良くギルドの古株だったので、一目見てその違いに気付く事が出来たのだ。
これでハザーンを追い詰められると思ったのもつかの間、証拠になる筈のレプリカのギルド徽章が紛失した。情報を集めてくれた冒険者は引退した身だったので、それを押さえる事が難しく時間が掛かっている間に、何者かの手によって処分されてしまったのだろう。
そうこうしている間にヨルグさんが、このゲーレンを離れるとハザーンが伝えてきた。見送りは要らないから養生せよという伝言も預かって来たから、この部屋から出るなと念押しされた。確実に怪しかったけど……見張りの者まで付けられてしまい動く事が出来ない……これってもう監禁だよね? 怪我をしていなかったら突破出来たんだけどね。
暫くどうするべきか考えていたら、扉が開かれ犬獣人の老婆が部屋に入ってきたんだ。その老婆は、ぼくの知り合いの元冒険者クリスティンだった。彼女は牧場主の娘だったのだけど、過去に冒険者に助けられてその人に憧れ冒険者になったそうなだ。ぼくが駆け出しの頃、散々お世話になった恩人の一人で、今回も情報を得る為に奔走してくれていた。
クリスティンは言った『ハザーンが動いたよ』と……。警戒が厳しくて此処まで来るのに時間が掛かったが、見張りは全て拘束したとの事だった。ハザーンは手下を連れて、ヨルグさん達を追っていったとの事だった……、全部後手にまわっている事にぼくは焦った。
引退したクリスティンをこれ以上巻き込むわけにもいかないので、礼を言って暫く身を隠すように言うと、クリスティンは『ヨルグさんを助けるんだろ? あたしも行くよ』と言ってきかなかった。仕方が無いので町の出口で落ち合う事を約束してぼくは準備を整えた。傷は痛むが何とかなる! なんとかしてみせる!
準備を整え部屋を出ようとしたら扉がノックされた。ぼくは警戒しながらも返事をして扉を開けるとそこには、見た事が無い男が立っていた。滲み出る強者の雰囲気に押されはしたが、悪い人では無さそうだった。だけど今は時間が無い……用件を手短にと頼んでいると、その男の後ろからヨルグさんが現れて驚く事になった。
事の顛末を聞いてぼくは申し訳ない気持ちで一杯だった。結局この男を含む四人の冒険者……一人は冒険者じゃなくて執事さんだったっけ? 兎に角、この人達がハザーンの悪事を暴きヨルグさんを助けてくれたとの事だった。その過程でハザーンを含む多くの子種族を殺した事を謝られたが、此方が悪いので申し訳なくて仕方が無い。そしてニャ助という猫獣人もハザーンに利用されていたらしくぼくに怪我をさせてしまった事を謝ってきたんだけど、同族が迷惑を掛けたと此方も謝り謝罪の応酬になってしまった。
結局、ヨルグさんは今回の事を不問とすると言ってくれた。その時に掛けてもらった言葉がとても嬉しかった。
漸く気分が落ち着いて、今回世話になった冒険者達と話をしたのだが、その中の一人を見た時、ぼくは雷理術を打たれたような衝撃を味わったんだ!
その冒険者の女性は、サライという名前でヨルグさんの孫という事だった。背は高く筋肉質なのだけどそれでいて寅人らしい、しなやかさを持った……とても美しい女性。自己紹介した時に見せてくれた笑顔が可愛らしくて未だに目に焼きついている。
ヨルグさんも凄い美人だけど、サライさんは可愛さもあって凄く良い! あの捕食者のような目に惹かれるぼくは被虐趣味なのだろうか? いや違う! あれもサライさんの魅力の一つなんだ!
他の冒険者の人達は、用事があるらしく翌日には旅立って行ったが、サライさんだけはゲーレンに残ると聞いて、ぼくは嬉しくて怪我の事も忘れて跳びはねた。事後報告とその事を教えに来てくれたクリスティンは『若いっていいねぇ』と生暖かい目を向けてきたけど……いいじゃないか! チャンスが出来たんだからさー……傷口が開いて大変な事になったけどね。
ぼく等は歳も近い事もあって、すぐに打ち解けた。ギルドマスターと言ってもぼくも立派な冒険者だったので、色んな苦労話や狩が成功した時の思い出を語り、日々が楽しかった。……でもね? サライさん強すぎやしませんかね? 狩ってる魔物の話の八割がたが聞いた事も無い魔物で、知っている魔物も三級冒険者が十人で狩るような魔物ばかりなんだよね……。でも、あのアドルフさんと一緒に居たんだから、当然なのかな?
好みのタイプを何とか聞くことが出来た時には、泣きそうになったね! だってサライさんは『私よりも強い人』って言ったんだもの……貴女よりも強い人なんてそう居ないと思いますよ? それこそアドルフさんや、あのケイって冒険者くらいしか……はっ! まさか……あんなのに敵う訳ないじゃない……。
そして遂にぼくがコルネリウスに帰る日がやってきてしまった。サライさんは見送りにさえ来てくれなかった……ぼくが強く無いから興味を失ってしまったのだろうか?
見送りに来ていたヨルグさんも『あの子朝から見かけないのですよ……礼儀のなってない子で恥ずかしいわ』と言っていた。でも出発する間際にぼくにだけ聴こえるようにそっと耳打ちしてきた『あの子に戦闘的な強さだけが強さじゃないって教えてあげてね?』とその時は目配せの意味も言ってる事も解らなかったが、程なくして理解と共に嬉しくなってしまう出来事があったんだ。
円環街道に入るためウルムに向っている途中、前方に巨大なグレイブのような武器を肩に担いだ人影が見えた。他の護衛してくれている冒険者は「襲撃か?」と警戒していたが、ぼくにはそれが誰なのかすぐに解った。
旅装に身を包み街道の真ん中で仁王立ちしていたその人物は、ぼくの姿を確認すると軽い様子で声を掛けてきた。
「よう! デニス、コルネリウスまで帰るんだってね? あたしも修行の一環として着いて行ってやるよ」
「サライさん! 何故こんな所に?」
サライさんは普段ぼくの事を“デニスさん”と呼んでいたけど、突然呼び捨てで少し……嬉しかった。ぼくに被虐趣味はないぞ?
そのサライさんは手を振りながら言った。
「あー、堅苦しいからサライでいいよ」
質問に答えてくれてないんだけど……。
「えっと……じゃあ、サライ……ちゃん。なんでこんな所に居るの?」
呼び捨てがなんか恥ずかしかったので“ちゃん”と付けて呼んだら、サライちゃんは少し困惑した顔で言った。
「ちゃんって……。まあいいけどさ。さっき言ったろ? 護衛として一緒に行くって」
詳しく話を聞くと、ヨルグさんから逃げて来たらしい……花嫁修業としてかなり厳しく指導されるみたいで、大変なんだって。それでヨルグさんに内緒で依頼を受けて護衛任務で一緒にコルネリウスまで来るそうだ。
ぼくは嬉しいけど……大丈夫なのかな? 一応ヨルグさんには置手紙を残して来たらしいけど……。
ふと思い出すのは、ヨルグさんの別れ際の言葉と目配せだ……ヨルグさんは全部お見通しだったんじゃないかな? ……という事はヨルグさん公認!? ああ、神様感謝します! ありがとう!
「デニス、なにしてるの? 置いて行くよ?」
そう言って、スタスタと歩いていってしまうサライちゃんの後姿を見てぼくは決意した。この旅の間にサライちゃんに良いところを見せるんだ! ぼくは戦闘力には劣るけど……それを補えるだけの想いがある! 絶対にサライちゃんに認めてもらって、振り向かせてみせるぞ!




