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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-35


 鍛冶工房から研究所までは、然程距離は離れていない。三重塔を中心にして入り口側は観光客用の表街、反対側は職人や技術者の集まる裏街となっている為だ。鍛冶工房と研究所で出た成果を互いに融通したり、依頼を出したりする事がある為、この二つの建物は同じ敷地内にある。


 基本的に裏街には森人と岩人以外は、立ち入る事が出来ないようになっている。機密保持という観点もあるが、一番の理由は“危険”だからだ。

 今も何処かで小さな爆発音がした……実験には安全対策を施し、その為の施設も作ってあるので、大した被害は無いと思うが……一体何をしているんだ?


 建物から煤に塗れた森人と岩人が出て来た……「今度は制御が甘かったですね」「では次はパターン六で試してみるか?」「今日五回爆発ですものね……次は爆発以外でいきましょう!」……どうやら爆発は慣れてしまっているようだ。


 “研究所”は正式名称ではなく、本来の名称は“湯幻郷技術開発局実験施設”という。

 湯幻郷技術開発局は冒険者ギルド出張所が出来る前に、商工会議所のようなものとして立ち上げたのだが、先程のような爆発は起すわ、異臭騒ぎや水浸し事件は日常茶飯事……仕方が無いので実験施設を作れば、局長を始めとして大半の局員が実験施設に引き篭もる事態となった。。

 結果、後から出来た冒険者ギルド出張所に商工会議所の業務は丸投げとなり、文字通り技術開発の実験を繰り返す組織となってしまい。誰が言い出したか知らないが“研究所”と呼ばれる様になった。


 一体何処で間違ってしまったのだろうか? 確かに始めのうちは、俺もノリノリで色んな知識を教え、有用性や可能性を語り尽くした。調子に乗って『想像しろ! 自らが手掛けた技術によって創られる未来を! その未来は諸君等の双肩に掛かっている! 失敗を恐れるな! 成功で満足するな! 常に未来さきを見据えて考えろ! お前達には期待している!』と演説めいた事もしたが……あれ? 大半俺の影響じゃないか? 馬鹿な……そんな筈は無い! と思いたい……。



 そうこう考えているうちに、千香華達の匂いがしてくる建物の前に辿り着いた。……うーん。やっぱり此処か……あいつ苦手なんだけどなぁ。

 その建物は、研究所に複数有る建物で一番最初に出来た物で、主要施設が詰まっている。その一室に千香華達の匂いは向っている。その部屋の名前は『局長室』この研究所の責任者の部屋だ。


 俺はため息を吐きながら建物の扉を開けた。


「ケイゴ様! 私、チカゲ様よりケイゴ様がもう暫くでいらっしゃると聞き及びまして! 待ちきれずにこうして此処で待たせて頂いておりました!」


「ああ……わざわざ、すまないな」


「いえいえ! ケイゴ様がいらっしゃると言うのならば、局長である私がお迎えするのは当然の事でございます! チカゲ様達もお待ちになっております! さささ! 此方へどうぞ!」


 この大げさな男は、ランドンという名前の森人でこの研究所の局長を務めている。研究“所”なのに局長なのは湯幻郷技術開発局だった頃の名残だ。

 ランドンは他の森人と違わず金髪碧眼で長身痩躯なのだが、本来綺麗な金髪はボサボサで顔も服も汚れ薄汚い。そして一番の特徴は、俺の眼鏡を真似て作った物を掛けている事だ。

 一度何がそんなに気に入ったのか聞いたのだが『頭が良くなったような気がしませんか? これを通して見る世界は何か特別に感じるのです! 勿論ケイゴ様への尊敬の証でもあります!』と身を乗り出して言われた時は、正直どう反応して良いか解らなかった。


 こいつは普段はこんな調子だが、一度興味を持って研究を始めると別人のようになる。“理術車”があそこまで形になったのもランドンの功績が大きいし、理力トランス(変圧器)の開発もランドンに任せている。こいつが此処にこうして出て来ているという事は完成したという事なのだろう。

 理力トランスとは文字通り理力を変圧出来る道具なのだが、これがあれば適性が無い理術も使えるようになるという代物だ。これを理術車に組み込めば誰でも操車出来る様になる……理術が扱えれば(・・・・・・・)という但し書きが付くけどな。


 実はその問題もランドンが解決している。理力を溜めておける蓄電池のような物の開発にも成功しているのだ。

 まあ、それが無ければ理術の素養を持たない第一世代の森人と岩人には、研究なんか出来はしないのだから、出来るべくして出来た道具だろう。因みに理力を溜められる道具の名前は“タンク”若しくは“理力タンク”と呼ばれている。捻りも何も無いが、元は研究の為の道具なのでそんなものなのだろう。



 ランドンに先導されて局長室の中に入ると、千香華が手を振り迎えてくれた。


「あっ! 私とした事が! チカゲ様達にお茶すら出していないとは! これは不覚でございました! 少々お待ちを!」


 部屋に入った途端にランドンはそう言って、飛び出して行った。全く忙しない奴だな……。千香華もそれを見て苦笑いしている。


「ただいま。待たせたか?」


「おかえりー。私達もさっき来たところだよー。ケイゴも後から来るって言ったら、ランドンが飛び出して行っちゃったから……まだ何も話していないしねー」


 千香華に続いてサナトもヤーマッカも“おかえり”を言ってくれる。


「ところで……どうだった? 一人で戻って来ているって事はそういう事だろうと思うけど……」


 千香華の質問に俺は肩を竦めて返した。


「無駄足だったよ。少なくとも今は居なかったし、ロキの残り香すら無かった」


「そっかー……まあ、関わりが無いならそれに越した事はないし、何時か会えるさー」


 千香華がそう言った直後にランドンが部屋に飛び込んできたのだが……お茶を入れてくると言っていた割には、何も持っていない。


「どうしましょう! お茶が何処に行けばあるのか解りません!」


 ……この施設出来てから何年経ってるんだっけ?



 結局、お茶の用意はヤーマッカに任せる事になった。俺達は何度も此処を訪れているし、造ったのが俺達だからヤーマッカも給湯設備の場所ぐらい解るし、ランドンに任せたらお茶じゃ無い物が出てきそうで怖かった。


「いやいや……なんかすみません! 良く考えたら私、此処でお茶入れた事がありませんでした!」


 ランドンは俺達の目の前に椅子があるにも関わらず、座らずに立ったままで話をする。


「いえいえ、お気になさらないでください。あの……失礼かもしれませんが、お掛けになっては如何でしょうか?」


 お茶の用意を終えたヤーマッカが、何時までも座らないランドンにそう声を掛ける。ランドンは胸の前で両手を振りながら慌てて答えた。


「ケイゴ様達の前に座るなんてとんでもございません! それに私、座ると落ち着かない性質でして……問題無ければこのままでお願い致したいのです!」


 ヤーマッカは一瞬だけ微妙な顔をするも、何時もの執事然とした態度で言った。


「そうでございますか。それは差し出がましい事を言いまして、申し訳ありません」


 本来は座らない方が失礼に値するので、ランドンの態度はおかしいものなのだが、ヤーマッカも既に諦め気味だ。

 ヤーマッカがランドンに入れた分のお茶をどうしようか迷っているとランドンは「いやいや! すみません!」と言いながら直接ヤーマッカから受け取っていた。


 色々と疲れる……さっさと用件を済ませよう。


「今回此処に来たのは、タンクを少し分けて貰いたくてな……幾つか買い取ってもいいか?」


「ええ! タンクをですか! 買い取って頂くなんてとんでもない! 幾らでも持っていってください! 改良型もありますし、完成した“理力トランス”を組み込んだ物もあります! 直ぐに取ってきます! お待ちく……」


「待て待て……少し落ち着け!」


 再び部屋を飛び出そうとしたランドンを引き止める。何でこいつはこんなに落ち着きが無いんだ! 話は途中だというのに……。これだからこいつ苦手なんだよ!




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