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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-34



 湯幻郷に帰り着くと千香華達に合流するのを、後回しにして鍛冶工房へ向った。俺は金属に対して拒否反応が出る為、あまり此処に近付く事は無いが、設備の知識や技術的な事を教える時に何度か足を運んでいる。


「ガルドいるか?」


「ああ? 誰だこのクソ忙しい時に……」


 呼び鈴も鳴らさずに扉を開け、声を掛けると不機嫌そうな声が返って来た。前に呼び鈴を鳴らしたら『鍛冶仕事やってんのにそんなの聞こえねぇよ』と文句を言われたからそうしたのだが……結局は不機嫌になるのかよ。


「ケイゴ様じゃねぇか! 此処に来るなんて珍しい! あれるぎーとかいうのは大丈夫になったのか?」


 奥から現れたのは、小学生ぐらいの背丈の岩人の女性だ。

 彼女の名前はガルド……男みたいな名前だが、れっきとした女性という事だ。代々受け継ぐ鍛冶頭の名前らしい……本名は知らない。彼女の祖父が何代目かのガルドだったらしいが、その技術を受け継いだのが彼女だけらしい。変装して男の子の姿で匿われていたようで、言葉使いが粗野なのだが、あれでも精一杯敬意を持って話しているようだ。その性格から、比較的気にせずに話せる岩人の一人でもある。


「大丈夫じゃないな……既に痒くて仕方が無い」


 鍛冶工房は色んな物を扱っている為、金属粉が舞っているのだろうか? 身体の毛に付いているのか痒みがあるような気がする。俺の返答を聞いたガルドは、豪快に笑いながら言った。


「しょーがねぇな! 場所を変えるかい? しかし勿体無いなぁ……ケイゴ様の技術と知識があれば、世界一の鍛冶屋になれるだろうによ! まあ、ケイゴ様が鍛冶屋になったら、こちとら商売上がったりになりそうだしな……そのあれるぎーとやらに感謝するぜ!」


 そんなものに感謝するな……こっちは笑い事じゃねぇんだよ! そう思ったが言っても無駄だと分かっているのでさっさと用件を済ませる事にしよう。


「いや、場所は此処で良い。渡したい素材があるからな」


 俺が腰のロリスに目配せするとロリスは小さく頷き、自らの袋の中から俺が望んだ素材を的確に取り出してくれる。……何時も思うんだが、何故解るのだろうか? もう十年以上の付き合いになるが、未だに解らん。


 ロリスが袋から取り出した素材を見てガルドは言葉を失う。恐る恐る手を触れようとして引っ込めたりしているが、目は輝き恍惚としているようにも見える。


「こ……これは?」


 漸く出た言葉はそれだけだった。これが何の素材とかは言えないんだよな……色々と面倒だし。


「出所は内緒だ。これで武器と防具を作って貰いたいのだが……出来るか?」


 俺がそう聞くとガルドはゴクリと喉を鳴らしてから、俺を睨みつけるような目で見てくる。


「ば……馬鹿にするんじゃねぇぜ! こんなすげぇ素材扱った事が無いが……これを見て引き下がっちまったら『名匠ガルド』の名が廃るってもんだ! 是非にこの俺にやらせてくれ! いや……やらせてください!」


 あまりの剣幕に俺は「お……おう」としか答えられなかった。その返事を聞いたガルドは大声で他の岩人に指示を出す。


「おい! てめぇら!」


「「「へい! 姐御!」」」


「姐御じゃねぇよ! 親方と呼べって何時も言ってんだろうが!」


「「「へい! 親方!」」」


「この素材を“甲の三”に厳重に保管しておきな! ケイゴ様依頼の品だ。傷一つ付けるんじゃねぇぞ!」


 “甲の三”とは素材保管庫のランクの事だ。甲、乙、丙の三段階で希少さを示し、後ろの数は種別を示す。一は鉱石関係で二は魔物の素材、そして三は取り扱い注意の危険物だ。

 つまり“甲の三”とは最高に希少で危険な代物という事になる。まあ、アレはそのままでも鉄を引き裂けるぐらいの危険度があるからな……。


「それで? アレをどう仕上げるんだ?」


 ガルドがそう聞いてくるので、事前に用意した千香華デザインの防具のラフ画と、俺が設計した武器の草案をガルドに渡した。


「防具の方は良いが……武器のデザインはセンスねぇな! 機能やコンセプトは面白いが……」


 悪かったな! そういうセンスはねぇんだよ……。


「……解った! 任せとけ! 俺が最高の物を作ってやるぜ!」


「ああ、頼んだ。それよりもそろそろ限界かもしれない……外に出ていいか?」


 ガルドは俺の反応を不服そうに「なんだよ……興醒めするじゃないか」と呟いているが、俺はそれを無視して表に出ようとした……痒いんだよ! 本当に耐えられない。


「ああ、待ってくれ! さっき此処に……」


 何かを言いかけたガルドの首根っこを無言で掴み、俺は工房から外へと出た。ガルドは「おい! 何するんだ! 離せよ!」と五月蝿いが、そんな事は知った事ではない……まだ用事があるようだから外に連れ出すだけだ……黙って吊られてろ。


 外に出た俺は、風の理術で体中に付いたであろう鉄粉を吹き飛ばす。しかしまだ痒みは有る為、水の理術で水を浴び、再び風の理術を使い水気を吹き飛ばした所でやっと一息ついた。


 手元からグスングスンと何か声が聞こえる。あっ! ガルドを掴んだままだった……。恐る恐る視線を手元に向けると、ガルドは髪の毛はグチャグチャになり、俺に首根っこを掴まれた時の体勢で泣いていた。


「うお! すまん! 忘れていた」


 俺は慌ててガルドを地面に降ろしてやったが、ガルドはその場でしゃがみ込み泣き続けている。


「酷いですよ……ケイゴ様、何をなさるんですか?」


 泣きながらそう言って来るこれは……誰だ? ガルドはこんな喋り方をしないだろう? しかし、見た目は小学生くらいの女の子なので、強くいう事が出来ない。


「えっと……いや、すまなかった」


 俺が再び謝るとガルドはコクリと頷きを返して、工房の中へ足を踏み入れ此方を振り返り言った。


「てめぇ! なんて事するんだ! ケイゴ様と言えどもやって言い事と悪い事があるだろうが! あーあ……髪の毛グチャグチャになっちまった!」


 ……は? これはどういうあれだ? 意味が解らん……。

 まだ文句を言っているガルドを見ていて、ふと思いついた事を試してみる事にした。ガルドの首根っこをもう一度掴み持ち上げ、工房の外へ……ガルドは「何をするんだ? 馬鹿! 離せ!」から工房の外へ出した途端に「何でこんな事をするんですか? 酷いですよ……」と変わる。


 何これ? 面白れぇ! 俺は調子に乗って何度も何度もそれを繰り返した。

 何度も繰り返すうちに工房内でのガルドの目は怒りに染まり、工房外でのガルドの目が鬱目になって来たので、いい加減やめる事にした。



「……本当にすまなかった!」


 調子に乗りすぎた俺は、ガルドに謝る事にした。今ガルドは工房の入り口に仁王立ちして、此方を睨みつけている。


「もういい……解ったから頭を上げてくれ。ケイゴ様にそんなに頭を下げられちゃこっちも困る。もうこんな事するなよ!」


 その様子を工房の中で、他の岩人が生暖かい目で見守っている。どうやら奴等は知っていたらしい。


「てめぇら! 仕事に戻れ! 見せもんじゃねぇぞ!」


「「「へい! 親方!」」」


 岩人達は何処か嬉しそうな表情を見せ、慌てて仕事に戻っていった。


 とりあえず、この微妙な空気を払拭する為、何を言いかけたのか聞く事にした。


「何にしても申し訳けなかった……ところで先程は何を言いかけていたんだ?」


「ああ、そうだった。ケイゴ様が来る少し前に、チカゲ様達も此処に来ていてな……この後は研究所に寄るからと伝えてくれって言われてたんだ」


 ……此処に寄る事言ったかな? 行動が千香華に先読みされている……恐るべし。


「そうか……ありがとう。俺もそっちに向うとしよう」


「それと、ケイゴ様達の子供……サナトは可愛いな! また連れて遊びに来いよ!」


「ああ、何時かまた連れて来る。またな」


 俺はそう告げて、千香華達が向った“研究所”へ向かう事にした。




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