表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
134/177

5-33



 壁の内側は静まり返っていた……“ある一角を除いては”と付くが……。

 侵入した先は丁度、神殿の裏手にあたる場所だった。

 光珠は光を落とし、微かに白く光を放っている。前から思っていたが、まるで月の様だ……薄暗くはあるが、その光のお陰で夜でも完全な闇に包まれる事は無い。

 しかし、人目を避けたい現在の状況では、少し恨めしくもあるがな。


 神殿には多少の篝火かがりびが灯されているが、人気は無く閑散としている。此処にもロキはおろか、あの女の子の残り香すら残されてはいなかった。

 まあ、ロキの残り香はまだしも、あの子の残り香は一週間も経てば感じる事は出来ないだろうとは思っていた。

 感覚的な表現になるが、ロキの匂いは『鉄』『血』『火』なのに対して、あの子は『澄んだ』『清涼感』『無臭』といったところなのだ。匂いなのに“無臭”というのはおかしいかもしれないが、感覚的にそう感じるので仕方が無い。

 周囲の空気がそういう“無臭”になる故に、その場に居れば逆に違和感を強く感じる。一度覚えてしまえば直ぐに判別が可能なのだが、時間が経てば周りの匂いに掻き消されてしまう為、匂いを追う事が困難なのだ。


 だが、少なくともロキはここに最近訪れた事が無く、あの子は此処には居ない事が解った。まだ完全にとは言えないが、この件にあの二人が積極的に関わっている可能性は低いと判断して、俺は安堵のため息を吐く。

 俺達は『これから先“世界の存亡に関わる”事以外は直接手出しをしないようにしよう』という方針を決めていた。勿論、自分達に降りかかる火の粉は払うし、困っている者が居れば手助けはするが、何処かの陣営に過度な干渉をする事はしない。



 何故そんな結論に至ったのかと言うと、一つのある“仮説”が生まれたからだ。

 その仮説とは“この世界が滅びに向うのは、バランスが崩れるから”というものである。

 今までの事を振り返ってみると、元々この世界では人が生きるには圧倒的に不利な状態だった。魔物は強力だが、人族にはそれに対抗できる手段が少ししかなく、多くの者が簡単に命を落とす世界であった。

 そこに俺達が人側の魔物への対抗手段として、様々な技術とそれを教え広める組織兼人側戦力として冒険者ギルドを立ち上げた……初めは俺達の生活手段だったけどな。

 それにより世界が延命されたとセトから聞いた時は、単純に人が死に難くなれば良いのだろうと思っていた。



 しかし、それだけでは駄目なのかもしれないと最近思うようになっていた。

 人が死に難くなってから、中央の砂漠が広がり、逆に寒い地域が暖かくなって来たりと異常気象が起こる様になっていたのだった。そこで思ったのは“人の死と光珠の活動に何かしらの関係性があるのでは?”というものだった。

 その事が確信と変わったのは、十年前の森人と岩人が移住してきた時に起こった、ナイトハルトとの一件からである。

 あの時は、他の世界の人間とはいえ大量の人が死んだ。初めこの世界のシステムに左右されなかったエターナルワールドの人間は、普通に死体が残り光となって消える事は無かったのだが、ロキの謀略でエターナルワールドが消滅し、此方の世界のシステムに囚われると死した者は光となって世界の中心の塔に向って飛んでいった。

 その時にあれは塔に向って飛んだのではなく、光珠に向って飛んで行くのではないか? と気付いたのだ。


 “光珠には人の魂を循環させる何かがある”と思い至り、その後の十年で段々と光珠の力が弱まっているように感じた俺はこうも考えた。“光珠には人の魂を循環させるシステムがあり、その許容力を超えてしまえば力が弱まってしまうのではないか?”と……光珠の力とは、世界を照らす光である。あの光が無くなれば、世界は滅んでしまうだろう。


 あくまでも仮説ではあるが、世界滅亡への原因はこういう事だろうと考えたのだが……では、光珠と対になっている闇珠はどうなのだろうか? という問題が出てきた。

 見る事は出来ないがこの世界の中心にある塔の直下に“闇珠”という擬似的に重力を発生させているモノが存在している。その全容は地中深くに存在する為に確認は出来ないが、光珠と同じようにこの世界には無くてはならないモノなのだ。

 俺の考えた設定では、球体ではないこの世界の重力を発生させているぐらいにしか考えていなかったが、イデアノテが世界として誕生した時に光珠と同じく闇珠にも何か俺達の知らない設定が付け加えられている可能性がある。


 光珠が闇珠と対を成すならば、人と対を成すのは魔物だろうとすぐに気付く事が出来た。

 魔物も長時間放置すれば黒い靄となり消えて行く……それは魔物の魂が闇珠へ向う為では無いのだろうか? 魔物は人に比べて死に難い上に、暫く死体を残す。その為に人が死ぬよりは影響があまり見えないのでは無いだろうか?

 仮説は色々と立つのだが、どれも証拠となるものは無い。しかし、このまま人族の勢力だけが栄えるならば、何時しか魔物はその姿を消すかもしれない……そうなった時に何が起こるか解らないのだ。考えられる最悪の事態は“重力消滅”だが……その場合は全てが世界の外に投げ出される事になるだろう。


 そうなってしまえば俺達にもどうする事も出来ない……そこで考えたのが“光珠と闇珠のバランスをとる”それしか方法が無いのだ。

 即ち大量の人死にが出たり、大量の魔物が一方的に虐殺されないようにしなければならないという事だ。まあ、種族間の大きな戦争や一方的な虐殺が起こった時は、世界存亡の危機として良く考えた上に行動は起すって事なのだがな。


 魔物と話してみようと考えたのも、それが理由の一つでもあるのだが、そうしてサナトが生まれたのだから神生じんせい何が起こるか解らないものだ……。



 などと益体もない事を考えながら、この壁の内側で唯一賑やかな場所に目を向ける。

 そこはこの午都の王が住んでいるだろうと思われる場所……王宮というやつなのだろう。派手な外観を持つその王宮は、煌々と篝火が焚かれ、その周囲だけ昼間のように明るい。

 時折風に乗って流れてくるのは、男女の嬌声と雄と雌の行為の匂い……。俺は顔を顰めると早めにこの場を立ち去ろうと決意する。鼻が良すぎるのも本当に困りモノだ。


 しかし、この都の中層以降の住民を鑑みると、宗教とは一体なんなのか? と考えさせられてしまう。ふつふつと怒りが湧いてくる……。

 いっそ本当に神の怒りとして、こいつらを全部滅ぼしてやろうか……。この神殿の周りの町を全て灰燼に帰して、燃やし尽くすのも……いや、俺は何を考えているんだ? 危ない……冷静にならなければ……。


 獣に戻りかけていた自分を制していると、意外と近くから声が聞こえてきた。


「おい? 今魔物の唸るような声が聞こえなかったか?」


「そんな筈は無いだろ……。此処は神に護られた場所だぜ? 聞き違いじゃないのか? 気になるんなら見にいこうぜ」


 神殿の騎士と思われる二人が此方に向って歩いて来る。兎も角、もうこの場所に用は無い……さっさと退散するのが良いだろう。

 俺は音も無く壁を越えた。午都の都を走り抜け、完全に人気の無くなった所で、大狼の姿に戻り湯幻郷を目指した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ