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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-32


 黒神神社の境内に来ると、竹箒で掃き掃除をしている萌黄色の狩衣かりぎぬを着込んだ金髪の青年が居た。

 狩衣を着た青年の掃き掃除姿は、中々様になっている。邪魔をしても悪いので暫く待つ事にしたのだが、青年は気配に気付いたのか此方に振り向き笑顔を見せながら走り寄って来た。


「ケイゴ様! チカゲ様! おかえりなさい。お二人がお戻りになるのを心待ちにしておりました。ヤーマッカ様もご健勝のようで喜ばしい限りです。……おや? そちらの御子は……なるほど! 今日というこの日を黒神神社の大祭といたしましょう!」


 勿論この青年は黒神神社の神主をしてくれているサイラスだ。サイラスは随分と神主姿が板に付いて来たような気がする。祭事を司る者として貫禄が付いて来たと言えば良いのだろうか? 駆け寄ってきたにも関わらず、不思議と落ち着いた声色で話している。

 だが、戻って来ただけで大祭の日と決められては、今回のようにふらりと立ち寄るのにも気を使ってしまうので、全力で拒否させて貰った。

 しかしサイラスは「お二人の子がこの地を訪れた記念の日としてなら構いませんでしょう?」とサナトまで祭る気満々であった。サナトは魔王なのだが……良いのだろうか? 当の本人は疲れたのか、俺に抱っこされて寝息を立てている。


 三重塔の元々使っていた部屋を暫く宿として使わせてくれと頼んだら「あの部屋はずっとあなた方の部屋ですよ」と言ってくれた。こまめに掃除もしているらしく、すぐに寝泊り出来るみたいだ。


 三階にある部屋に入り、サナトをベッドに寝かしつけた俺はヤーマッカから声を掛けられた。


「ケイゴ様……午都へは私めが赴きましょうか?」


 ヤーマッカの言葉に俺は少し驚いた。確かに俺は今から午都まで行って来ようと思っていたのだが、ヤーマッカはそれを察して声を掛けたのだろう。


「ケイゴ様は、あの女児かロキ様が関わっている事を懸念していらしゃるのでしょう?」


 続く言葉に俺は目を丸くした。そこまで理解しているのか? 俺ってそんなに解り易いのだろうか……。


「主の憂いを感じ取り、それを払うも執事の務めでございます。それに折角のご家族旅行、サナト坊ちゃまもケイゴ様が居ないと寂しがりましょう」


 ヤーマッカの気遣いは有り難いが、適任なのは俺しか居ない。


「何を言うヤーマッカ。お前も家族だろう? 居なければサナトも寂しがるぞ? それに俺ならば一日も掛からないからな……俺にはこの鼻があるから、万が一ロキが姿を消していても気付く事ができるし、あの女の子が午都に滞在していれば直ぐに解るからな……俺自身が適任なんだよ」


 俺がそう説明するとヤーマッカは、一歩下がり頭を下げて言った。


「そこまでお考えでしたか……出過ぎた事を申しました。では、このヤーマッカ。チカゲ様とサナト坊ちゃまの安全を全力で確保しましょう……ケイゴ様が憂う事無くお二人の側を離れる事が出来る様に」


 俺はヤーマッカに「うむ」と頷きを返して部屋を出た。階段を下りて一番下の階まで来ると、階段の手すりに座っている千香華が居た。


「ケイ? お出かけ?」


 俺は「ああ」とだけ答える。千香華はそれに対してにこやかに笑いながら言った。


「何も無ければ……明日の昼頃くらいかな? お土産宜しくねー。気を付けていってらっしゃい」


 千香華はヒラヒラと手を振っている。全部バレてるのな……俺はそんなに解り易いのか? 千香華の言う通り、何事も無ければ明日の昼前には戻って来れると思う。


「あっ! そうだ! もしあの女の子が居たら、問答無用で引き摺ってでも連れて来なよ。ロキはああ言ったけど……何時までもこのままじゃあの子も可哀想だしね?」


「そうだな……もし居たら連れて来るよ。留守を頼んだぞ?」


「あいよー。任せて! ケイが居ない間にサナトと美味しい物食べておくねー」


 俺は千香華に見送られ、午都オーギュストへ向った。





 午都オーギュストは、すえた臭い糞尿の臭いが酷い、荒んだ都だった。遠くに見える神殿のような建物の周辺は巨大な壁に囲まれている。だが今居る場所はスラムか? と思うような貧相な町並みが続いている。

 多分貧富の差が激しいのだろう……時折見かける神殿関係者と思われる者は裕福そうに見えるが、一般の住民はやせ細り貧困に喘いでいるように見える。

 しかしそのやせ細った住人達の目は死んでいない……今も目を輝かせて光が薄れて行く光珠に一心不乱に頭を下げ続けている。

 俺は人型の姿で、コートに付いているフードを目深に被り、最早異常としか言えないその光景を見ながら通りを足早に歩いている。

 こんな様子では、昔退治した盗賊団のような輩が出て来ても、仕方が無いのではないかと思う。兎に角、一刻も早くこの通りを抜け出たかった……人型を取っていても嗅覚の鋭さは変わらないのだ。正直に言ってとても辛い!


 通りを抜けると少しましな町並みが広がる場所に出た。都の中層ぐらいの地域に出る事ができたのだろうか?

 午都のギルドの業績はそう悪いものでは無いとアドルフに聞いていたが、あんなに酷いのならその話も疑問符が出てくる。ギルドは働きたい者には隔てなく対応する筈だ……業績が悪くないギルドが有るのなら、あのような酷い有様にはならないと思うのだがな。


 中層の大きな通りに面した場所に冒険者ギルドオーギュスト支部はあった。暗くなりつつあるのにギルドの周辺は活気に満ち溢れている。仕事を終えたばかりであろう午獣人と午人の冒険者がギルドの扉から出てきたのだが、そこで不思議な光景を見る事になる。

 ギルドのすぐ側に立っていた神殿関係者と思われる人物に二、三声を掛け、今日の稼ぎの大半であろう金額を渡し、幸せそうな顔をして去っていくのだ。

 暫く見ていると午種族と思われる冒険者は、殆ど全員が同じようにお金を渡して去っていく。中には去り際に不満そうな顔をしている者も居た。


 よく解らないが多分“お布施”というものなのだろう。自分達からすすんで渡しているのなら、俺がとやかく言うことでは無いだろうが、あれのせいで貧困に苦しむ者が居るのではないだろうかと思えた。


 今の所は、あの女の子の匂いもロキの匂いもしない。ギルドにも寄って行こうかとも思ったが、今回の目的は、あの二人が関わっているかの調査だ。関わっていないのなら、下手に俺達が手を出すべきではない。取り敢えずは神殿へ向かう事にしよう。



 神殿に近付くに連れて、綺麗な建物が増えていく。時たま白い鎧を着た中世の騎士のような午種族が見回りをしていたが、特に咎められる事もなかった。現代日本なら間違いなく職務質問を受けるような、怪しい格好なのにな? まあ好都合ではあるのだが……。


 巨大な壁の近くまで来たのだが、壁内部へ入るためには正面にある門を潜らなければならないようだ。その門の前には先程見たような、白い鎧の騎士(多分神殿騎士とかいうものに当たるのだろう)と思われる午種族の者が、何人も立っていた。そこにはギルドの前に居た白い布を纏った神殿関係者と思われるものが居て、その門を通る者達から“お布施”を集めている。……寧ろ渡さねば通る事は出来ないと見て良いだろう。


 お金をこいつ等に渡すなんて馬鹿らしいよな? そうなると取るべき手段はただ一つだろう……。壁は四メートルぐらいの高さがあるが、上部に鉄条網が設置している訳でもないただの壁だ。越える事ぐらい朝飯前って所だな。



 壁の周りを歩いて、人目の無い所まで来た俺は、助走する事も無しで壁を飛び越え、壁の内部に潜入する事に成功したのだった。




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