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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-29



 俺達が湯幻郷を後にして三ヶ月と経っていないが、俺達が出発した時よりも更に活気が増したように感じる。それはこの地が完全に俺達の手を離れ、独自に歩んで行けるようになった証拠なのだろう。

 嬉しい反面、少し寂しいような気持ちになるのは何故なんだろうな? この場所でやるべき事が無くなり……違う。もう神である自分達が手を出すべきでは無いと理解しているからだろうか?


 いや……それだけじゃ無いな。俺はこの地を懐かしいと感じているようだ。

 魔王城は氷に閉ざされた色が少ない場所だからか? そうではない……魔王城だけでは無く、この世界の何処の場所に行ってもこれ程色鮮やかな場所は他に無い。色とりどりの看板にこの世界で見かけない建築様式の建物、吊るされた提灯に店の入り口に掛けられた色んな図柄の布……。

 村の中心部には、変わった形の塔とその横にありながらも異彩を放つ朱塗りの建造物、そしてその奥に見える荘厳な社は、この地に住まう者を見守っているかのようだった。

 俺はその光景に郷愁の念を抱いているのだろう……もう戻る事の出来ない日本を思うから寂しいという気持ちが湧くのかもしれない。

 湯幻郷の入り口にある橋の上にはアーチ状の看板が『ようこそ! 湯幻郷へ!』と観光に来た者を出迎えている。それを見て苦笑いしながら村へと向って歩き出した。



 今俺は獣人型の姿をとっている。この湯幻郷に常駐している冒険者の間では俺達は、この村を一から作った人物として有名だ。住人である森人族と岩人族においては神としても知られているが、誰もそれを外部に洩らしたりはしない。

 始めは、知られていない姿の方が煩わしくなくて良いんじゃないか? と思ったのだが、村に入る時に俺とサナトの身元を証明しないといけなくなったら、もっと面倒な事になってしまうと気付いたのだ。

 この姿で千香華とヤーマッカも一緒なら俺達は顔パスだし、一緒に居るサナトは、千香華と同じく珍しい銀色の髪に俺と同じ金色の眼だから察してくれるだろう。勿論それ以上の追求も避ける事ができると考えた。

 しかし二つ懸念があった……サナトの額には小さいながらも角が二本生えている。その角は既存のどの種族が持つ角とも違う形状と材質で、黒いクリスタルのような、黒曜石のような輝きを放つ物だ。それを隠す為にサナトは、千香華お手製の耳付きニット帽子を被っている……とても可愛らしい。

 もう一つはサナトの年齢だ……俺達が出掛けて三ヶ月も経っていない。それなのに、こんなに成長しているというのはかなり無理がある。しかしそれは千香華が何とかすると言うので、取り敢えず任せる事にした。



 橋を渡り、独特の雰囲気を醸し出す看板を潜り、村の入り口に差し掛かった。湯幻郷は掘に囲まれた村であり、出入り口は此処しかない。それ以外の場所から入ろうと思っても普通には飛び越える事も出来ないし、泳いで渡っても村に上がれないぐらいには深い堀になっている。

 必然的に入り口にある橋を渡った先には、厳重……とまではいかないが門が存在していて、そこに詰めて監視をする者が居る。

 軽いチェックを行うようになっているその場所には、数人の門番がにこやかな笑顔をしながらも監視の目は緩めない。


「あっ!」


 俺達が近付くのを見つけた酉人の門番の一人が、隣に居た岩人の門番に何か話しかけ二人して此方に走ってくる。


「ケイゴさんにチカゲさんじゃないですか! お久しぶりです。何処かに旅立たれたと聞いていたんですが、帰って来たのですね?」


「おかえりなさい! ケイゴさ……ん、チカゲさん。それにヤーマッカさんも……お早いお帰り嬉しいですよ」


 岩人の門番……ケイゴ様と言いそうになってるじゃねぇか……。だから普段から“様”って付けなくて良いと言っていたのにな。


「いや、少し寄っただけだ。皆変わりはないか?」


 俺がそう答えると少し残念そうな顔をする二人は、俺達も顔馴染みの者だった。


「ええ、お陰さまで順調ですよ」


 岩人の門番がそう答える。酉人の門番は他の門番にも声を掛けていた。


「おーい! ケイゴさんとチカゲさんが戻ってきたぞ!」


 その声に反応して駆けて来たのは、申獣人の門番だった。この酉人と申獣人は元々冒険者として二人で行動していたようなのだが、この村が気に入り居付いた者達だった。


「なにぃ! チカゲちゃんが帰って来ただと! ……おお! 本当だ! 突然旅立ったから吃驚したよ! おかえり!」


 おい、俺は無視かよ……。千香華は冒険者達にも人気があり、この申獣人はファンクラブのようなものに所属していたと記憶している。千香華本人は「そんなのどうでも良いよ」と興味すら示していなかったが……。

 少し喧しい申獣人は、千香華の抱きかかえているサナトを見て、ピタリと動きを止める。


「その子供は……いや、そんな筈は無い! 三ヶ月前までそんな素振りは無かったから、そんなに大きな子供は有り得ない……」


 申獣人の門番はブツブツと呟いているが、見た目と雰囲気から俺達の子供じゃないかと気付いているようだった。しかし期間的にそれは無いと頭を振って否定しようとしている。


「正真正銘、私とケイの子供だよー。数年前に何ヶ月か湯幻郷を離れた事があったでしょー? あの時、実は私の実家に帰っていたんだー。無事産めたのは良かったけど……身体の弱い子でね? 実家に預けていたんだけど……やっと旅が出来るまでになったから色んな場所を見せてあげてるのー。ケイに似て可愛いでしょ? サナトって言うんだ」


 おい……俺に似ていたら可愛く無いと思うのだが……。まあギリギリ許容出来るいい訳かな? 千香華の技能があるから嘘だと思われる事も無いしな。


「そんな……チカゲちゃんに子供が居ただなんて……」


 申獣人の門番は膝から崩れ落ちてショックを隠せないようだ。酉人の門番が呆れたように申獣人の門番に言う。


「ばっかだなー。どう見てもそうじゃないか。それにケイゴさんにお前が敵う訳ないだろ?」


「はっはっはっ。ちげぇねぇ」


 岩人の門番もそれに同意する。申獣人の門番は拳を震わせながら半泣きで言った。


「解っているさ……解っているけど! 夢ぐらい見たっていいじゃないか……お前ら今晩酒に付き合え!」


 荒れてるなぁ……どちらにしても千香華がはっきり言った事で溜飲が下がった事は確かだ。二十年やそこらしか生きていない小僧に躍起になるのもどうかと思って黙っていたが、少しイラっとしていたっぽいな。

 千香華には見透かされていたようで、ニヤニヤと俺を見ているのが少し腹立たしい。


 早くこの場を去りたかった俺は、門番達に声を掛けた。


「ところで……もう通っていいか? 何時までも俺達に構っていると他の奴等が大変そうだぞ?」


 門番三人が同時に振り返ると、そこには残り一人の森人の門番が捌けなくなりつつある列を指差しながら、三人を睨みつけていた。


「ああっ! 通って頂いて結構ですよ! ケイゴさん達なら素通りでも何も言う人はいません。では失礼致します」


 岩人の門番が慌ててそう告げて、元居た場所に走っていった。申獣人の門番もその後をノロノロとした足取りで追いかける……大丈夫かあいつ?


「では、自分もこの辺で……ああ、そうだ! アドルフさんが丁度ギルドに来ていますよ。寄っていってあげてください」


 酉人の門番もそれだけ言うと仕事に戻っていった。

 アドルフか……まずは挨拶ぐらいするべきだろうな。そう決めた俺達は、ギルドの出張所に向かう事にした。




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