5-22
俺はそのどちらにも見覚えがある事に気付いた……というか仮面付けてるのロキだろ? あれで正体でも隠してるつもりなのか、それともファッションなのか……理解に苦しむ。
とりあえずロキの事は置いといて……あの泣いている女の子とは過去に会った事がある。白い貫頭衣で黒い髪に黒い目、八歳ぐらいだろうか? でもあれは二度目にイデアノテに降り立った時だった筈だ。あれから七十年近く経っているから本人ではないだろう……俺達じゃあるまいし、七十年変わらぬ姿である事はあり得ない。……俺達じゃあるまいし?
「どうして? 何でその子には優しくするの? どうしてその子には名前を付けてあげてるの? 何で私には……」
白い服の女の子は、泣きながら叫ぶ。その子の隣に立っていたロキは、明らかに慌てている。ロキが何かを企んでこの子を連れて来た可能性は薄いな。
「私だって同じなのに……どうして! 私が役に立たないから? 私は要らない子なの?」
同じ? ロキが連れて来て……誰と同じ? 俺達と? ……いや違う! 先程からの言葉から推測するとサナトと同じ……もしかして?!
「嫌い! あんた達なんか大ッ嫌い! ばかぁー!」
何時かの時と同じく女の子は「ばかぁー!」と捨て台詞を残して走り出してしまう。
「おい! ちょっと待て!」
俺は慌てて女の子を呼び止めようとしたが、相変わらず足の速いその女の子に声は届かなかった。
「ケイ! もしかしてあの子……」
「ああ、多分そうだ! 追いかけて連れ戻して来る!」
俺が走り出そうとしたその時、今まで黙って立ち竦むだけだった仮面の男……ロキが俺の前に立ち塞がった。
「待ってくれ! 完全にぼくの落ち度だ! 必ず連れて来るから、今は待ってやってくれ!」
「ロキ! そこをどけ!」
あの子はこの世界の神だ。俺達が小説として創りだした世界の神……姿も設定も曖昧で名前すら無い、アイデア段階で放置されてしまった存在。本来この世界に降りた俺達と協力して、この世界を管理して行く筈だった者……。俺達はその存在をすっかり忘れ、今まで会おうとすらしなかった。
あの子は泣いていた……名前も無く、誰かに呼ばれる事も無く、ずっと寂しい思いをしていたのだろうか?
「ごめん……今は逆効果なんだ。だから追わせる訳には行かない。ぼくが全部悪い……殴ってくれてもいい! だけどこの件は任せてくれないか? あんな事をしたぼくを信用してくれなんて、虫のいい話だけど……お願いだ!」
そういってロキは地面に頭を擦りつけて懇願してくる。以前の件はセトに大体のあらましを聞いて、多少同情の余地があると思っていた。俺も千香華やサナトが同じような目に遭えば、手段を選ばない可能性はある。特にサナトが生まれ、親の気持ちというものが少し理解できた俺としては、その時のロキの思いを否定する事は難しい。
しかし、この件に関してもロキは自分が悪いと言っている。どういう事なのか、それを聞いてから判断してもいいだろう。だが再び嘘を付き誤魔化して何かをしようとしているならば……その時は躊躇無く滅ぼす事も厭わないがな。
「……話ぐらいは聞こう。それから決める。だが、嘘や誤魔化しは無しだ!」
ロキは一瞬迷う素振りを見せたが、素直に話し始めた。
あの子がこの世界の神で名前も無く、特質した力も無い存在という事。
本来はロキが俺達とあの子を引き合わせ協力して世界を管理する筈だったのだが、ロキがあの子の居場所を見つけて連れて来る前に、あの子が自分で俺達に会いに行って色々と引っ掻き回し、勝手に引き篭もってしまったそうだ。
ロキが言うには、ゲーレンの近くに現れ俺が倒したオークロードは、あの子が誘き寄せてしまった魔物だったようだ。悪気が有ったのではなく、逃げ回った結果らしいけどな。
それを見て、ロキは無理に会わせる必要が無いと判断した。特に力も無いだけではなく、逆に邪魔してしまう。それならば大人しく引き篭もって居て貰った方が上手く行くと……。
普通は独りで管理神をするのは、孤独と重圧で心を病み易い。それを予防する為に協力体制にするらしいのだが、幸い俺と千香華は二人で一柱で孤独にはならないし、少し特殊な遣り方ではあるが特に問題なども起さず成果を挙げていた。ならばもっと安定してからで良いだろうと思ったらしい。
しかし、そうこうしている内に再び問題が起きる。あの子の配下と思われるドラゴンが、勘違いの末に暴走して俺を殺そうとした。多分あの名前がある黒いドラゴンの事だろう。シャフォールとかいったかな?
俺と黒いドラゴンは死闘を繰り広げた。最終的に俺が止めを刺そうとした時、白いドラゴンに乗って来たあの子の声で躊躇した俺は、白いドラゴンの一撃でやられてしまう。
配下が勘違いで暴走した結果とはいえ、俺を殺す事に加担したような状態になったあの子は、大層ショックを受けてしまったようだ。
それに千香華の怒りの矛先が自分にも向いていると感じ取って、とても会わせられる状況じゃ無くなったそうだ。それは良い判断だったかもしれない……。
本当は俺の居ない間に千香華が独りになる為、あの子の存在が必要になる。しかしそれも不可能になり、変わりにロキが千香華の補佐をする事になったということだ。
悪い事は重なるもので、二十年ほど過ぎた頃にロキの子供であるフェンリルがおかしくなった。ロキは時々フェンリルの様子を見に行っていたそうだ。そして、その原因も掴む事が出来た。
原因は別の世界でフェンリルの同一体となる存在が、呪具のような物で縛られている事……つまり“エターナルワールド”の一件がフェンリルを苦しめていたそうだ。
ロキはそれを救いたいが為に一計を案じた。どちらにしてもあの世界の神“内籐”は放って置く事が出来なかったらしいが……。
その時に約束したそうだ。この一件が終わったら俺達に会わせてあげると……。俺と険悪になり、それを叶える事が難しくなったのだが、今までの詫びとケジメとして会わせる為に俺達の居場所を探したそうだ。
そして漸く俺達が行った大規模な神力使用で、居場所を掴む事が出来きたようで、急ぎあの子を連れて俺達の所まで来たのだが……。
あの子が見たのは、新しく生まれた子と幸せそうにしている俺達だった。名前を付けてもらって、役目までも与えられたサナトに嫉妬したその子は、堪らず飛び出して行ったそうだ。
此処まで来る道中の嬉しそうな顔と名前貰えるかな? という期待……これまでしてきた失敗や迷惑をかけた事に対する謝罪。そして変化も無いこの世界を変えてくれた事に対する感謝の言葉を……不安や期待、喜び等を綯い交ぜにして語るその子を見て、ロキは早く会わせてあげれば良かったと後悔したそうだ。
そして必ず俺達に受け入れて貰えるように取り成してやると約束した。せめてもの罪滅ぼしとして……。
「ケイゴちゃんもチカゲちゃんも、あの子が嫌いだったりしないだろ? ただ、ぼくのせいで知らなかっただけだ……だから! ぼくが誤解を必ず解いて連れて来る! 約束したんだ……ぼくはもう約束を破らない!」
ロキはそう言葉を締めくくった。確かにロキが悪い……しかし俺達も悪くない訳では無い。知らなかったとは言え、可哀想な事をした……。勝手に色々決めた事は腹立たしいが、ロキも反省しているようだ。それに今回ロキは一切誤魔化そうとしていない。それは態度を見れば解るし、チラリと見た千香華も頷いていたようだから確かだ。
「解った……。ロキがそこまで言うなら、もう一度信じよう」
「ありがとう……」
ロキはそう言って頭を深々と下げた。
しかし一つだけ気になる事があった為、俺は聞く事にした。
「ロキ……その仮面、似合って無いぞ? それは何なんだ?」
仮面の事だ……なんでそんな物付けているのかどうしても気になったのだ。ロキは言い難そうにしつつも理由を述べた。
「えっと……ケイゴちゃんがもう顔を見せるな! って言ったから……」
途端にこいつに任せて大丈夫か不安になってきた……そういう意味じゃねぇよ!




