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キョトンとした顔で俺達の事を見てくる子供は、暫く驚く俺達の顔を見ていたが、突如悲しそうな顔をして言ってくる。
「なにかおかしい所があったのかな? ぼくのことば変?」
肩を落とす全裸の子供はとても悲しそうだった。これじゃいけないと俺はその問いに答えた。
「いや、おかしい所はないぞ? ただ、いきなり喋ったから驚いただけだ」
「そっかー。普通はいきなり話す事は出来ないのか。まだ知らない事いっぱいだから教えてください」
そういって表情を明るくするその子は、話し方も段々上手くなっていく。流石に“知力が極大”は遣り過ぎたかな? 常識を完全に無視した成長速度になる可能性があるな……。
「うんうんー。一杯色んな事を教えるね! えっと……何て呼べばいいのかな? ケイ! 名前! 早く呼んであげたいんだ! 名前考えてあるよね?」
千香華は子供を撫でながら俺にそう言って来る。勿論、名前は考えてある。
「色々考えたんだが、ある神に肖って付ける事にした。お前の名前は……」
「ぼくの名前は?」
「この子の名前は?」
「坊ちゃまの名前は?」
三人がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえそうな程、真剣な表情で聞いてくる。あんまり期待されると凄く困るのだが……本人が気に入らないって言ったらどうしようかなぁ……。
だが今更やっぱり考え直すとも言えないし、あのキラキラした目を見ているとプレッシャーが半端無い……俺が自信を持って付けてやらないでどうするんだ! 気合を入れ直し名前を皆に告げる。
「名前はサナト……“サナトクマラ”だ。この名前は俺達の故郷、日本でも祀られている神から肖った名前だ……『大地の霊王』とも呼ばれる“護法魔王尊”の別名“サナト・クマーラ”から付けたのだが……どうだ?」
護法魔王尊はブラフマーの子供の一人といわれるサナト・クマーラの事である。人類の進化を促した神であり、尊天の一人とも言われている。
地球の神は別の名前の神と同一視される事が多い。サナト・クマーラはある話では主神であったりする神の一人ではあるのだが、地球で最も有名な魔王とも同一視されている。その宗教では人に過分の知識を与えた者という観点から同じ存在として認識されているのだろうか?
永遠に十六歳の姿を保ち続ける不滅の存在で破邪顕正の力を持ち、人類を正しい道へ導く者として知られている。
魔王の名前としては、良いと思ったのだが……皆の反応はどうだろう?
「サナト……サナトクマラ。お父さんが付けてくれた僕の名前……」
サナトは自分の名前を繰り返している。少し目に涙が貯まっているのは、感動しているのだろうか? 顔は嬉しそうだから、気に入ってくれているのだと思う。
「サナトクマラ……サナト。うん! 良い名前だね! サナトー。うふふふふー」
千香華も気に入ってくれたようだ。今もサナトの名前を呼びながら、嬉しそうに頭を撫でている。
「サナト坊ちゃま! 御誕生をこのヤーマッカも嬉しく思います! なんと聡明なお顔立ち……流石はケイゴ様とチカゲ様のご子息といった所でございます」
ヤーマッカも喜んでくれている。何時もより笑顔が崩れ気味な気がするんだが……孫を愛でるお爺ちゃんの顔って感じだな。
祝福されてサナトも嬉しそうだが、俺はサナトに伝えておかなくてはいけない事があった。本当はもっと後になってから伝える予定だったが、サナトは思った以上に賢い。だから今伝える必要があると思った。
俺はサナトを抱きかかえ、サナトの顔を見る。屈託無く笑うその顔を見て、堪らなく愛しく感じる……本当にこれで良いのか迷うな……。
サナトは真剣な様子の俺を見ると表情を引き締めた。もしかしてサナトは理解しているのではないだろうか?
「サナト……俺達は、お前に重い役目を背負わせなくてはならない」
サナトはコクリと頷いた。やはり自分の役目を理解しているのだな……。
「この世界には、人族と魔物が住んでいる。初め人族は魔物に対抗する術が殆ど無く、一部を除いて一方的に殺されるだけの存在だった。俺達は人族に力を与え、魔物に対抗する術を教えた。それにより漸くバランスが取れるようになって来た。このまま行けばいつか人族に天秤は傾くだろう」
サナトは真剣に俺を見ている。千香華も俺が今から話そうとしている事を理解して、黙って俺の話を聞いている様に見えるが、手がワキワキしている所を見ると、千香華もサナトを抱き上げたかったのかもしれない。
俺は千香華に苦笑を向けて続きを話し始めた。
「……だが最近になって、一部の魔物と意思の疎通を図れる事が解った。それも当然だよな? 言葉が通じるのだから……。その対話できた魔物達は、積極的に人族を襲ったりはしていなかった……彼等は自らの生き方に沿って行動しているだけだったんだ。中には本能に従い人を襲う魔物も居るだろうが全てでは無い……それならば人族と魔物が共存する事も出来るのではないかと考えたんだ」
此方をチラチラ見ている千香華に根負けして、サナトを渡す事にした。千香華は嬉しそうにしながらサナトを受け取り抱きしめる。ちゃんとサナトの顔をこっちに向けてくれている様だったので、話を更に続ける事にした。
「話をした魔物達は言った……『自分達では、対話をすると言う事を思いつきもしなかった』とだから魔物達の言葉に耳を傾け、間を取り持ってくれる者が欲しいと言われ、魔物達の主となってくれと請われた。……だが俺達はこの世界を創った神だ。神が自ら頂点に立ち肩入れするのは、何か間違っていると思うんだ。……それが理由で滅びた世界を見てしまったからな……」
サナトは真剣に頷いている。
「……そこで俺達は、魔物達を纏める者を生み出すことにした。もう解っていると思うが、それはサナト……お前の事だ。俺達はお前に過酷な運命を背負わせる……許してくれとは言わない。お前が立派に魔物を統べられるように手助けはする。しかし、決断はお前がするんだ。一杯学んで、世界の為には何が最善か……見極められる様になれ! 魔王サナトクマラとしてな」
「はい! 解りました。おとうさんの期待に沿えるように立派な魔王になります」
サナトはそう答えるが、俺は首を振って優しく言い聞かせる。
「俺の期待になんて応える必要は無いんだぞ? かといって、サナトに期待していない訳じゃない。サナトを信じるから言うぞ? 俺の予想を裏切れ! お前はお前のやりたいようにやって良いんだ」
サナトは首を傾げている。まだ少し難しいかな? 賢いから焦りすぎだな俺は……。
「ケイは話が長すぎるんだよー。いい? サナト。魔物達の中には、人とも別の種類の魔物とも仲良くしたいって言ってる者もいるの。その魔物達の手助けをしてあげて? 全部っていうのは無理だと思うけど、仲良く出来るならその方がいいよねー。大変だろうと思うけど私達も手伝うから、一杯勉強して私達の想像を超えるような魔王になってね? 期待通りにするんじゃなくて、サナトのしたいようにして予想を超えてくれるって信じているから……って事でFA?」
千香華は俺を見てニカリと笑う。千香華の方が解り易くて少し悔しい!
「はい! おとうさん、おかあさん。僕一杯勉強するよ! この世界を護れるような魔王に……魔王サナトクマラになる!」
元気良く答えるサナトを千香華は強く抱きしめ、俺はその頭を優しく撫でた。
「何で! 何でなのよ!」
不意に掛けられたその声に俺達は一斉に振り向く。
そこには大粒の涙を流し、怒りを露にする一人の女の子と仮面を付けた怪しい男が俺達の事を見ていた。




