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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-16



 俺達は千香華の能力で、認識されないようにしたままウォールグリズリーに接近していた。ボリボリとかブヂュとか聴きたくも無い音がそこかしこから聴こえて来る。俺は蟲だけは本当に駄目なのだ。地球でも蟲を食べる文化があったが、怖気が走るほど抵抗がある。餓死するか蟲を食べるか選べ! と言われたら迷う事無く餓死を選べると思う。


「なあ……食事中のようだし、後で話しかければ良いんじゃないのか?」


 俺は千香華に小声で話しかけた。


「……え? もう解除しちゃったよ?」


「は?」


 俺の間の抜けた声にウォールグリズリー達の視線が集まった。突如現れた闖入者に驚き目を白黒させている。


「お、おめぇさん達! いつからそこに居た?」


「ぬ? 人族か!?」


「何故こんな所に人族が居るだ!」


 ぐっ! 拙いか? 八匹ほどいるウォールグリズリーが全部集まってくる。その大きさからかなりの迫力だった。


「待て! 別に敵意は……」


「おめぇさん達も食うかぁ? ほぉれ、うんまいぞぉ」


 一匹のウォールグリズリーが、口からメガララ・ホーネットの肢をはみ出させたままで言う。その手には生きの良い幼虫が握られている。逃れようとグニグニ動く幼虫をウォールグリズリーは「これはこうやって……」幼虫の頭を引き千切り「こうやって中身を……ジュルジュル……」幼虫の中身をすすって食べているようだ。

 うげぇ……エグイわ! 多分俺は顔が引き攣っていると思う。


「うんまいなぁ! 人族の兄ちゃんも食え」


「……いや、遠慮しておくよ」


「こんなにうめぇのに勿体ねぇ! 遠慮せず食え」


 俺最大のピンチが此処に! あんな物くえねぇよ!

 俺がそう思って言葉に詰まっていると、別のウォールグリズリーが呆れた様な口調で言った。


「ばっかぁ! おめぇが食ったので最後だぁ。人族の兄ちゃん惜しかったなぁ」


「あんれぇ! そりゃあすまねぇことしたなぁ。がははははっ」


 た、助かった……。ウォールグリズリー達は大声で笑っている。どうやら話も通じるし、思ったよりも良い奴等のような気がする……蟲さえ食べさせようとしてこなければな。





 ウォールグリズリー達に話を聞くと、こいつ等が意外と温厚な魔物だという事が解った。

 そもそもウォールグリズリーはもっと外側に住んでいたのだが、十年ぐらい前から寒さが増したようで、主食であるメガララ・ホーネットの生息地が内側に移動したらしい。それを追い駆け自分達も内側に移り住んできたとの事だ。

 ウォールグリズリーは、外殻が重くてあまり早く走れないらしく、他の獲物は労力の割りに腹が膨れるほどは取る事が出来ない。メガララ・ホーネットは栄養価も高く、巣に攻撃を仕掛ければ自分達から寄ってくる。しかも巣を壊せば幼虫が一杯居るし、何よりもメガララ・ホーネットの攻撃はウォールグリズリーの脅威に為り得ない為、主食としているようだった。


 ワーウルフ達の事も話したのだが、ウォールグリズリー達はあまり気に留めていないようだった。


「あんの狼っこ達かぁ? なんか騒いで何処かに行けと言って来るが、あんまし気にしてねぇだ。攻撃されてもこそばゆいだけだし、そん時は大人しく移動してやるだよ。飯取ってる時に邪魔しなければ此方からはなんもしねぇだよぉ」


「そうか……じゃあワーウルフ達に思うところは無いって事でいいのか?」


 ウォールグリズリー達は少し考え言った。


「まだ外殻がやわっこい子供もいるのでな。あんまりちょっかい出さんで貰いたいだ……そん時はオラ達もなんもせん訳にはいかなくなってくるだ」


 確かにそれで大人しくする訳にはいかないだろう。……というかこいつ等、普通に話せば共生出来るだろう? なんで話をしないんだ?


「一つ聞きたいんだけどさー……何故その事をワーウルフに言わないの?」


 千香華の質問にウォールグリズリーは不思議そうな顔をして言った。


「人族の姉ちゃんおめぇさん、何言ってるんだ? 他の種族と話が通じる訳ねぇだろ?」


 何処かで似たような台詞を聞いたな……。


「ワーウルフの言葉は聞き取れるんだろ? あと一応俺も他の種族だぞ? 話してるじゃないか」


「おお? 話してるなぁ……不思議な事もあるもんだ」


 どうやら魔物は、自分達以外の種族と“対話”しようという事自体を思いつかないようだった。普通は一方的に言葉を投げかけて、それで終わりになるだけ。俺達が会話できたのは、相手の言葉に反応を返すから、同じ種族同士のように会話が成り立っている。


 これは互いに話を聞く体勢さえ整えてやれば上手くいくんじゃないだろうか? ワーウルフはメガララ・ホーネットを倒して貰えれば今まで通りだし、ウォールグリズリーもメガララ・ホーネットを食べられれば問題ない訳でワーウルフにちょっかい出される事も無くなる。


「君達はワーウルフと話して見る気はない? 私達が間を取り持つよー?」


「おう? それも良いかもしんねぇなぁ。狼っこ達が居るあの辺りにも一杯巣が出来てるみたいだぁ。食いでがあるぞぉ」


 その反応を見てヤーマッカが俺に向って言った。


「では、私めは先に戻りこの事を伝えて参ります。ウォールグリズリー達がいきなり近付けば、ワーウルフ達は攻めて来たと思いかねません」


「ん? ああ、頼んだぞヤーマッカ」


 ヤーマッカは「御意に……」とだけ言うとワーウルフの集落に走っていった。


「ヤーマッカは出来る子! 気が利く子!」


 子って……まあいいけどさ。ヤーマッカが有能な事は認める。俺と千香華だけだったら、普通に連れて行って大騒ぎになっていたかもしれない。


 ウォールグリズリー達は、ヤーマッカがあっと言う間に走り去るのを見て「元気なじっ様だなぁ」と驚いていた。





 俺達は八匹のウォールグリズリーを連れてワーウルフの集落に向ったのだが、思った以上に時間が掛かった。

 ウォールグリズリー達の移動速度は自ら認めるだけあってとても遅かった。だが時間が掛かった理由はそれだけではない。ウォールグリズリー達は食い意地が張っている為、道中でメガララ・ホーネットの匂いを嗅ぎつけると巣を潰しにそちらへ向ってしまうのだ。

 しかし思った以上に巣が多く、ワーウルフ集落の安全を考えるとそれも必要なのかもしれないと思った。あとこいつ等も食べずにいる訳にはいかないので必要な時間だと割り切る事にしたのだが、巣を潰す毎に幼虫を勧めて来るのだけは勘弁して欲しい。俺本当に無理だから! 絶対に食べないから!



 そうして数日かかり漸くワーウルフの集落に辿り着いた。集落の中からヤーマッカが走ってきた。


「お待ちしておりました。さあ中へお入りください」


「えっと? ウォールグリズリー達もいいのかなー?」


 千香華が聞くとヤーマッカは「勿論でございます」と頷いた。ヤーマッカがそう言うのなら大丈夫なのだろう。



 集落の中に入るとワーウルフ達が真剣な顔をして並んで此方を見ている。何か思いつめたような表情で居る者、鬼気迫る表情の者まで居る。

 俺達がその様子を見て怪訝に思い立ち止まった時だった。ワーウルフ達は一斉にウォールグリズリー達に向って駆け出して来た。




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