5-13
俺達三人は今ワーウルフの生息地に向かって走っている。何時も通り実際に走っているのは俺だけだが……。何時しか“乗り物の神”とか“交通安全の神”とか“旅の安全を司る神”とか言われそうで怖い。
サライはギリギリまで俺達に付いて来る事を望んだが、直前でヨルグに捕獲された。その時のヨルグの笑顔は怖かった……頑張れサライ、骨は拾ってやる……多分な。
ワーウルフの生息地は、ゲーレンから寅の領域に向った先にある、山脈と山脈に挟まれた盆地にあるとの事だ。生息地どころか、ワーウルフの集落の位置まで把握しているというから、ギルド調査員の有能さが窺える。
距離的にはゲーレンから徒歩で一週間と言った所だが、俺の移動速度なら翌日には着く事ができるだろう。
この辺りはあまり危険性の高い魔物は存在していない為、移動は楽だった。
◇
「じゃあ二人は隠れていてくれ」
予定通りにワーウルフの集落に近い場所まで来る事が出来た。俺は二人を降ろして獣人型へ姿を変えている。この姿は過去マーロウがワーウルフに似ていると言っていたので、多少でも警戒を解いて対話が可能かもしれない。
ヨルグから仕入れた情報と俺達が設定した種族の特性に、殆ど齟齬が無かった事からかなりの確率で対話は可能だと踏んでいる。
二人は隠れるといっても千香華の能力で認識されないようにしながら一緒に来るのだが、ワーウルフは匂いに敏感なので集落から少し離れた場所から隠れたままにして貰う事にした。
暫く歩くと前方に多数の魔物と思わしき匂いが確認できた。生活臭もすることから目的のワーウルフの集落と思われる。
しかし何かがおかしい……。集落全体の匂いが慌しく動き回っている。それにこの匂いは……蟲? くそっ! 襲われているのか?
「千香華! ヤーマッカ! 急ぐぞ! 集落が襲われているみたいだ!」
「畏まりました」
「え? 計画は? ……そんな事言っている場合じゃなさそうだね」
ワーウルフの集落に急ぎ向う俺達だったが、到着したその場所は戦場のようだった。
ワーウルフ達の怒声が響き渡り、子供の物と思われる鳴き声に女性の悲鳴。ワーウルフはそれなりに強い魔物に分類される。種族の大半が戦士として戦う力を持ち、仲間同士連携し合う事によって無類の強さを発揮する筈なのだが、戦えている者は五人ほど……魔物だから五匹というべきか? 兎に角、数が少なすぎる。
対して集落を襲っているのは……辺り一体から強烈な羽音が聴こえる。
本来はワーウルフと敵対しているのは“ウォールグリズリー”という名前の魔物なのだが、今ワーウルフを襲っているのは“メガララ・ホーネット”という魔物だった。
メガララ・ホーネットは一メートル程の大きさの蜂の魔物で、狩り蜂と社会性昆虫の要素を併せ持つスズメバチ科の昆虫を極端に巨大化した魔物である。外見的大きな特徴としては、二対八枚の羽根を持ち、発達した巨大な大顎を持っている。
その巨大な大顎は、人の腕等でもいとも容易く切断出来る力を持っており、二対八枚の羽根は成人した大人でも軽々と持ち上げる運搬能力を発揮すると共に、本来蜂が苦手とする上下の動きも克服しているようだ。
腹の先端に付いた毒針で、獲物を麻痺昏倒させ生きたまま肉団子状態にして巣に持ち帰り、卵を産み付けたり食料にしたりする。
千香華になんでそんな魔物を思いついたんだ? と聞いたことがある。その返答は「昔雀蜂にエアコンの室外機に巣を造られた事があって怖かったんだー。それとインドネシアで発見された『メガララ・ガルーダ』って話題になったじゃん? あれ見て思いついた!」だそうだ。
それでメガララ・ホーネット(雀蜂)か……確かにどちらの特徴も受け継いでいるが大き過ぎるだろう……。
集落に近付くにつれてメガララ・ホーネットの群れの数がはっきりした。総数五十を超えている……たった五匹では抑えきる事は不可能に近い。今もまた一匹二匹と動かなくなり、三匹しか戦っていない。
メガララ・ホーネットは俺達に気付いたのか五匹ほど此方に向って飛んできた。それとほぼ同時に右前方から女性の悲鳴と子供の泣く声が聴こえてきた。
声のした方を見ると一匹のメガララ・ホーネットが飛び去ろうとしているのが見える。その肢には子供と思わしきワーウルフを抱えているようだ。
「千香華! あの飛び去ろうとしてる奴を頼む! 他にも連れ去られそうな者が居たら優先的に打ち落とせ!」
「りょーうかい! 任せてよ!」
千香華は俺の言葉を聴いて飛んでいくメガララ・ホーネットに向って走っていく。
「ヤーマッカは千香華と反対側の方向を頼む!」
「畏まりました。お任せください」
ヤーマッカも千香華とは反対側、左前方に向って駆けて行く。
俺は前方から向ってくる五匹に対峙する。千香華とヤーマッカに反応して向っていこうとしていたが、咆哮を上げて此方に意識を向かせる事に成功した。
俺の咆哮は聴く者を萎縮させ恐怖を与える効果があるのだが、こいつ等にはそういった感情が無いのか動きが鈍った様子は無かった。
向ってくるメガララ・ホーネットはガチガチと大顎を鳴らし、警戒音を響かせる。……と同時に針から毒液を俺に向って飛ばして来た。警戒音意味ねぇ! こいつ等始めから殺る気満々じゃねぇか!
飛んでくる毒液を左右のステップで避け更に近付く。しかし相手は空中、此方から攻撃するには届かない……訳では無い!
俺は上空の五匹が一直線上に並び、真上に来た時にバク転をしながら蹴りを繰り出した。所謂サマーソルトキックというやつだ。脚の先から真空の刃が半円状に飛んで行き、五匹のメガララ・ホーネットに襲い掛かる。
五匹のうち四匹のメガララ・ホーネットは空中でバラバラになって落ちてくる。……チッ! 一匹外したか。
残った一匹は旋回して毒針を突き出し襲い掛かってきた。まあまあの速度だが捉えられない速度では無いが、着地で少し体勢を崩し咄嗟に行動できない。
迫る毒針を手で掴み止める……メガララ・ホーネットは肢で俺を捕まえ、その大きな顎で噛み千切ろうとしてきた。
「うえぇ! きっしょくわりぃ!」
実は俺は蟲の類が苦手である。耳元で聴こえるこのギチギチ音も羽音も、何を考えているか解らない複眼も……顎が届かないように左手で抑えている胸部から生えている肢も、全て気持ち悪い。
「引き千切ってやる!」
右手で毒針を掴み、左手は胸部を握り締めて思いっきり引っ張った。
ブチュリメキメキと音がした。胸部と腹部からちぎれると思いきや、ズルリと毒針が抜け落ちる。毒針には毒袋とそれに繋がる管も体内から抜け落ちた。
「うえええええぇ……」
これだから蟲は嫌なんだよ! 毒針を抜かれたメガララ・ホーネットは息絶えるが、集落の方もやばそうだ。
動いていた三匹のワーウルフの戦士と思わしき者の匂いが、もう一匹分しか感じられない。
右でも左でも地面に落ちて行くメガララ・ホーネットが見えるが、まだまだ数は多そうだ。
ふと手元を見ると抜け落ちた毒針と毒袋がある。確か雀蜂の類の毒は、仲間を誘引する効果があった筈だよな? あんまり寄って来られたくないが……しょうがないか。
俺は覚悟を決めて毒袋を空中に放り投げ風理術で切り裂き、集落に向けて風を吹かせる。他の四匹の毒袋も同じように抜き取り、匂いを拡散させた。
程なくして集落から大量のメガララ・ホーネットが飛び立ち、此方に向って飛んでくるのが見えた。凄い羽音で耳がおかしくなりそうだ……。
大量に向ってくるメガララ・ホーネットを見ていて頭がおかしくなる前にケリを付けよう。
俺は腰を落として右の拳を引いた構えを取った。真っ直ぐ撃つと集落を撒き込みかねないから少し引きつける必要があるな……。
右の拳は限界まで内側に捻り、その時を待った。……今だ!
脚の踏み込みから腰の捻りへ、肩を通り腕へ伝えて捻りを開放する……風理術を纏わせる事によりその捻りは螺旋を生み出し、竜巻を作り出した。アッパー気味に繰り出された拳は振りぬかれ、斜め上に竜巻を起こす。
ほぼ同じタイミングで右と左からも竜巻が発生しメガララ・ホーネットの一団に向って行く……千香華とヤーマッカが理術で起した竜巻のようだ。
更に俺は竜巻に向って火理術を行使した。その結果、三つの竜巻は互いに混ざり合い大きな竜巻に、そして俺が使った火理術で火炎を巻き込んだ物へと変貌した。
巻き上がる火炎竜巻は、メガララ・ホーネットを全て巻き込み、辺り一体を焼け野原に変えて消え去った。




