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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
5章 十三番目の王
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5-5



 ゲーレンを見下ろせる丘……懐かしいな。此処で何日か野宿をした思い出が蘇る。普通思い出すならゲーレンでの日々なのだろうが、今のゲーレンは昔と違いすぎて、あまり思い出が蘇って来ないんだよなぁ……。

 この十年で更に大きくなっている気がするし、あの田舎なゲーレンが懐かしいって思っても仕方が無いと思う。


 まあ、兎にも角にもゲーレンは目と鼻の先。俺は獣型から獣人型へと姿を変えているが、このままでは町に入る事が出来ない。何故ならば、あそこには英雄ケイゴの像が町の中央に鎮座しているから……しかも俺はあの像の台座部分を破壊した犯人としても指名手配されている。

 あれから十年経つが、未だにその犯人を追っている冒険者もいるようだ。この情報はヤーマッカが仕入れて来た話なのだが、ヤーマッカ曰く「それだけケイゴ様が慕われているという証拠に他なりません」だそうだ。

 ヤーマッカは嬉しそうに話しているが、俺としては複雑な気持ちになる。俺が本物なのに犯罪者として探されていて、町にも碌に入れないのはおかしくないか?


「自業自得だねー。あははははー」


 千香華は他人事のように笑っているが、元はといえば千香華があんな物造ったのが悪いんじゃないか? 俺が千香華を軽く睨むような目で見ていると、千香華は俺の言いたい事を察したのかいい訳を始める。


「だってケイが何時帰って来るか解らなかったからね……寂しかったんだよー。だからギルドにある私室の窓から、何時でも見える位置に……」


 しおらしい事を言う千香華だったが、段々と顔がニヤけていっている。本気なのか冗談なのか解らん。嘘なら発汗による匂いの判別で見分ける事も出来るが、千香華の場合はさっぱり解らない。嘘と冗談は別物って事なのだろうか?



「それで……どうするんですか? ケイゴさんは此処で待っているんですか?」


 サライが聞いてくるが、俺は何を言っているんだ? といった態度で言葉を返す。


「いや、俺も行くぞ? 此処で野宿するのはもう嫌だしな」


「え? でもどうやって……あっ! チカゲさんの能力で?」


 サライは正解を言い当てたぞ! って嬉しそうな顔をしているが、残念ながらハズレだ。


「それだと四六時中、千香華の側に居ないといけないだろう?」


「私はそれでも構わないんだけどねー」


 千香華は少し不満そうな顔でそう言う。俺は微苦笑を浮かべ、とりあえず話を先に進める事にした。


「えっと……兎に角だな。此処最近になってやっと出来る様になったんだが、まあ、見ていろ」


 俺は自らの顔を両手で覆い少し俯く。そして精神を集中して全身に意識を巡らせた。

 全身の毛が一瞬だけ逆立つ……そして体を覆う黒い毛が身体の内部に吸収されるかのように引っ込んでいく。

 それと同時に手で覆った顔も変化をしていた。尖った肉食系の動物の顎が、引っ込むのが解った。顔の骨格がゴキリゴキリと異音を奏でる……耳が近いので堪らなく不快だ。既に顔の毛も一部を残して全てさっぱりしている筈だ。

 身体の骨格もギシリギシリと音を立てて変化して行く。二百四十センチあった身長も百九十センチ位まで縮んでいった。


「え? ……ケイゴさん?」


 サライが驚きの声を上げるのも仕方が無い。今の俺の姿は、狼獣人ではなく狼人と言って良い姿だ。この姿のベースは俺が一番肉体的に充実していたと自負している二十代中頃の物だ。身長はこれ以上縮められなかったから当時よりもかなり高いが、顔付きも体型もほぼ同じ。無精髭を生やしてはいるが、おっさんといった感じではない。

 この姿になるのに一番苦労した事は、毛が引っ込む感覚が掴めなかった事だった。抜ける方が簡単そうだったが……精神衛生上あまり好ましく無かったので引っ込める方向で頑張った。

 地球での自分の感覚を思い出せば良いのだろうが、この姿の方が地球での姿よりも長くなった為か、いまいちイメージが掴みにくかったって理由もある。


 ただ少し不満な事がある……元が狼だからなのか、耳と尻尾は何故か引っ込める事が出来なかったのだ。

 よく考えてみて欲しい……日本人顔の二十代の青年が、狼の耳と尻尾を付けている所を……髪は真っ黒で耳の色と同じだが瞳は金色。セトに貰った黒い革パンツと黒い革のコートを着ているのも相俟って……コスプレ? って感じにしか見えない。

 これは痛い! 痛すぎる! と初めて姿を変えた時は悶絶したものだ。

 しかし今は、千香華に見せた時に「ケイだ! 懐かしいー! ワイルドで格好良いよ」って言ってくれたから多少自身が持てている。どうやら狼が足されている分だけ、野性味と凄みが増しているらしい。

 姿を変える時に両手で顔を覆う必要は無いのだが、初めてこの姿になった時に千香華が「エグっ! 顔の形が変わるのきっしょい!」と言われたので隠す意味もあってそうしている。


「ケイゴさん……」


 サライが何かを言いたそうにしている。俺の素顔を見て驚いていたし、もしかして結構、格好良いとか思っているんだろうか? まあ素顔は狼面で、これは地球での姿だけどな。


「なんか弱そうになりましたね……あっ! もしかして力を隠す為ですか? だったら凄く巧くいってると……あれ? どうしたんですか? 膝から崩れ落ちて頭を垂れて……あたしなんか拙い事でも言いました?」


「い……いや、なんでも無い。何も拙く無いぞ……うん」


 千香華はそれを見て大笑いしている。ヤーマッカは複雑な表情をしているが……あっ! 少し噴出しやがった。何だよ! 弱そうって……そりゃあ、狼からしたら人の顔なんて弱そうだけどさ……。


 サライが言うには獣型が一番強そうで、その次が何時もの獣人型、そして今の人型が一番強そうに見えないということだ。

 サライは基本的に“強そう”と“弱そう”でしか判断していないようだ。千香華が「因みに理想の男性像は?」と質問すると「そうですね……あたしよりも強いのは絶対ですね。話でしか聞いたことないけど、マーロウ爺ちゃんとかアドルフ爺ちゃんとか……かなぁ」と照れながら言っていた。

 サライも二十七になるのに……将来が少し心配になって来た。





 何はともあれ、問題なくゲーレンの町に入る事が出来た。前に来た時よりも更に活気が増しているように感じる。町の入り口近くにも露店が立ち並び、客引きの声が絶えない。冒険者によって利益がもたらされ、その冒険者相手の商売人がこうして軒を連ねる。その喧騒は活気があり、冒険者ギルドが軌道に乗り始めた頃となんら変わりが無い。その光景に漸く懐かしい気持ちになる事が出来た。


 町のメインストリートを真っ直ぐ進み、中央広場までやって来た。そこには巨大な英雄ケイゴの像があった……そしてその両脇には少し新しい像が二つ。

 一つは不適な笑みを浮かべる申人青年の像。もう一つは精悍な顔立ちの猫人女性の像。どちらも見覚えがある姿だった。


「な……何あれ……」


 絶句する千香華を見て俺は笑いを我慢出来なかった。


「うははははっ! その姿になっていて良かったな千香華……はははははっ」


 怪訝な表情を向ける通行人も居たが、俺は爆笑してしまった。千香華は唖然とした顔でまだ像を見上げている。ヤーマッカは「素晴らしい!」と言っているし、サライも「おおお! イグニットさんだ!」と感動している。


 周りの視線が痛くなってきたので、俺は未だに像を見上げたまま動かない千香華を抱え上げて、その場を離れる事にしたのだった。




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