0-1
生まれて初めての小説です。宜しくお願い致します。
PCの画面を見ながら項垂れて俺は呟いた。
「うん……やっぱこうなるか……」
予想はしていたとはいえ、がっつり心を抉られる……俺はがっくりと肩を落としてため息を吐く。
今しがた見ていたものは、とある小説投稿サイトの感想欄と閲覧履歴だ。件数の少ない感想欄には『面白くない』とか『読んでいて嫌な気持ちになった』とかそういう書き込みばかりが目に付く……最近は閲覧数も減って書き込み自体が無いのだけどな。
理由はわかっている……テンプレ無視、鬱展開多過ぎ、不条理・理不尽当たり前、チートも無ければハーレム展開の欠片も無い、ファンタジーを語りながら魔法も無し、エロ展開? なにそれ美味しいの? ときたもんだ。
つまりニーズがない。現代社会のお疲れな方々の心の清涼剤には絶対になれない。誰がこんなの楽しみに続きを読むのか俺にもわからん!
「俺もテンプレやチートの話が嫌いなわけじゃないんだよ……ただ似たような展開とか、チートだとか、ハーレムとか、もうお腹いっぱいって書いてる人もいるしさぁ……なぁ、どう思う? 千香華」
服部千香華は俺の恋人であり、相棒であり、同棲相手。今作のキャラ設定やアドバイス、校正とかまぁ……小説を二人で書いている片割れだ。十四年付き合っていて、対外的には内縁の妻ともいえるのだが、色々あってまだ結婚まで至って居ない。
最近はそんなに珍しくは無い形ではある。こちらとしても少々心苦しくもあるが、概ね良好だ……と思う。
性格はちょっと……いや、かなり変ではあるが一言で表すと男前。女性を装飾する言葉ではないが何故かしっくりくる。かといって女性的じゃ無いという訳ではない。気まぐれで猫的な可愛さがあると俺は思っている。
見た目も俺の三つ下で三十一だが、十年ほど前とほぼ変わりない容姿を保ち続けているので、何処かで血でも啜っているんじゃないかと疑いたくなる。
よくこんなうだつの上がらない男と一緒に居てくれているものだ。見た目はそんなに悪くないと自分では思っている。……だが千香華が言うには出会った頃から、狼>シベリアンハスキー>ゴールデンレトリバー>セントバーナードと推移しているとのこと『このままだとブルドッグになるよ?』と言われた時には本気で身体を鍛えなおそうと誓った。というか全部犬系なのは何故だ……。
ここ数年で性格的にも見た目にも丸くなった。所謂、中年太りってやつか? 考えていて悲しくなって来る。
そんな俺でも愛想を尽かさず、好きだと言ってくれている千香華はやっぱり変わり者なのか? ……いや、色々と理由があるのは、理解しているがな……。
そんな相棒に、振り向かず声を掛けたが一向に返事がない。仕方がないのでずれた眼鏡を左手の中指で上げつつ振り向き再び声を掛けた。
「なあ、返事ぐらいしろよ。聞いている……か?」
そこには誰も居なかった。千香華の事が初めから俺の妄想……なんてことはない。あいつはつい先程までそこのコタツに入り、小説の設定や資料を書き込んだネタ帳にしているノートに、時々ニヤニヤとしながらではあるが熱心に何かを書き込んでいたはずだ。
その証拠にノートとペンはそのまま其処に置いてある。
何故だろう……理由は解らないが、急に強い違和感と焦燥感にかられた。まるで日常からいきなり非日常に落っこちたかのようだ。
「ち……千香華?」
もう一度相棒の名を呼び、努めて冷静に部屋の中を見渡す。あまり広くはない部屋、隠れられる場所も殆どない。一応コタツの中、柱の影、カーテン……全部確認した。もちろん扉が開いた気配もないから出掛けたとも考えられない。
焦りはどんどん酷くなる。何故だか違和感は逆に薄くなっていく。自分の中の千香華という存在が希薄になっていくような……。
ふと我に返る……いったい何を焦っていたのだろうか? 独り暮らしの部屋の中、俺は何故か涙を流して立っていた。解らない……頭でもおかしくなったのか?
部屋を見渡すと、コタツの上に二人で……二人で?? 書いていた小説のネタ帳として使っているノートが、置いてあるのが目に留まる。開きっ放しになっているページには、キャラクターのイラストが描かれている……俺はこんなに絵が上手かったか?
俺は何故かそれを手に取らないといけないような気になり、開かれていたノートを手にした。『キャラクター案 by千香華』と書かれている文字を目にした途端、一人の女性の事を思い出す。
何故! 何故完全に存在を忘れていたんだ! 色んな感情が混ぜこぜになって溢れてくる。掛替えのない相棒を、大切な恋人を、二度と忘れてしまわぬよう俺は声をあげた。
「千香華! 何処だ(キィィィイイイイイイイイィン)……っっつ」
突然酷い耳鳴りと共に視界が明滅を繰り返し、立っていられないような眩暈に襲われた。
何かに引っ張られるような感覚とでも言えばいいのだろうか。もう意識を保っていられない……これは結構まずいんじゃないんだろうか?
体が重力に従って、床に倒れ伏す前に俺の意識は完全に途絶えていた。