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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

与太話

悔い改めて

作者: 与太郎
掲載日:2026/09/03

*いじめ、同性愛差別、の描写あります。

 今日、教室で彼を見てから気分が悪い。

 誰もいないリビングにあるドアを思いっきり蹴った。クソとか死ねとかいいながら物に対して八つ当たりをしている。いっそ壊してやろうと思ったが、そんな事したら後で怒られる事が目に見えていて、そこまでは出来なかった。以外と冷静な事を自覚し、その場に座り込んだ。

 頭の中を空にしようとしても上手くはいかない。考えるのをやめようとすればする程意識してしまう。

 憂鬱な記憶ほど自分の意思とは関係無く思い出してしまうものだ。そして、今僕の頭を埋め尽くすのは、11歳の頃に子供達の間で広まった噂話だった。


「アイツはホモで変態なんだ」どんな話の流れだか忘れたがあるクラスメートが僕に言った。

 彼が指差していたのはリュカという少年だった。身なりがいつもに整っていて、裕福な家の子供。茶色の癖毛に無邪気な笑顔が印象的な少年だ。リュカとは偶に話をする程度で特に仲がいいわけでもなかった。それでも僕は彼の笑顔がなんとなく好きだった。その彼も最近は表情が曇っている。その原因もこの噂にあるのだろう。彼が何をしたかといったら些細な事で、彼が同級生のハルに自分の思いを伝えたという。結果は拒絶で終わり、ハルはリュカの裏切りに激怒した。

 小さい街で噂が広まるのは早い。特に子供の間では。

 この出来事は子供達の間で騒ぎになり、リュカは暫くの間からかいの的になった。

 リュカは知らないみたいだったが、当時は異性を好きになる事が普通であると信じられていた。

 だからリュカは異常とされたんだ。


 これら全て大人から見れば些細な出来事だったのだろう。実際些細な出来事だった。変わった行動を取った子がしばらくの間仲間内で揶揄われる。よくある事だった。いきなり少女が泣き出した事によって非難される少年もいれば、何気なく言った言葉が反感を買う事もある。僕の時は毎日バカにされたり、物を取られるのにウンザリして先生にチクった。その時は、暫く裏切り者みたいな扱いをされたし、信頼回復に時間がかかった。そういうのもよくある事で、小学生なんてのは何がその空間で普通なのか把握しきれなくても仕方の無い年頃だろう。


 クラスの生徒の多くはその出来事に興味を持っていなかった。いつも通りの日常の1つでしか無い。

 それに、今となって思えば噂話やからかいも、多くて11人程度の間での事だった。それでも子供達の間では世界中の全ての人がリュカの失態を知っているかのように扱われた。少なくともその時はあの小さい空間が世界の全てだったのだ。


 リュカの噂話を聞いてしばらく経った日の授業中、リュカは自分を揶揄う少年の一人を殴った。クラス全員が彼に注目する中リュカは黙って自分の席に戻った。

 彼が揶揄われている事を先生も知っていたから、わざわざリュカの行動を注意をせず、何事も無かったかのように授業は進んだ。

 だが、リュカの行動は僕に取って嬉しかった。ほんの僅かな間だが、憂鬱な日常に変化があった。この空間に対する抵抗があった。もしかしたら、逃げ場の無いリュカがこの空間や空気を壊してくれるんじゃないか。そんな期待があった。

 しかし、次の日からリュカは学校に来なかった。

 リュカがいなくなった事で噂話にもみんな飽きて、また憂鬱な日常に戻っただけだった。


 そして今日まで馬鹿馬鹿しい日常は続いている。

 高2年の春、新しいクラスでリュカを見た。同じ高校にいたのだろうが気付いていなかった。

 新しいクラスで彼と目が合った時、一瞬だけ彼の表情は曇った。昔の知り合いに会いたく無かったのだろう。彼とは話していない。知らない振りをして、お互いいないものとして扱っている。もしかしたら、本当に彼は僕を覚えていないのかもしれない。それならそれでいいと思った。

 自分の部屋のクローゼットから一冊のファイルを取り出し埃をはらった。ファイルにクラスの集合写真が挟まっていた。僕が持っているリュカの写真はこの一枚だけだ。集合写真の端に写っている彼は、疲れの滲ませた笑顔を浮かべている。高校で見かける彼も笑い方は同じだった。

 けれどきっと彼は変わっていて僕の方だけが、過去の些細なことに囚われ続けているのかもしれない。学校の外で彼を見かけた時、以前のように無邪気な笑顔を浮かべる彼の事を見かけた。それに今となっては当時の自分は何が辛かったのかすら思い出せないのだ。

 

 思い出せもしない記憶に囚われているのは我ながらくだらないと思った。

 濁さず事実を言うなら噂話が広まってから彼はいじめられていた。しかし、彼が同性に告白した出来事はきっかけだが、いじめられる原因では無かった。そもそも、いじめられるのにも原因があると言う奴が偶にいるが、実際そんなものは無い。

 いじめる側が原因として扱っているだけの事だろう。

 あの時でいえば、身なりが綺麗で、アイツらが知る事のないであろう世界をさもあたり前のように話すリュカが気に食わな無い奴があの場に数人いた。そしてアイツらの行動を止める奴がいなかった。単にそれだけの事だ。


 たまたま彼が同性を好きになって、それに葛藤している事をアイツらが知っていたから、それを理由に選んだんだ。運動神経が悪ければ、不細工なら、頭が悪ければ、鈍臭ければ、貧乏なら、それを理由にしてただろう。

 そもそもそんな事すら全てどうでも良かったのかもしれない。アイツらは自分に幸せな未来が無いと思い込んでいた。だから人の未来を奪おうとしたのだろう。奪ったところで自分の物に出来やしないのに。


 傍観しているのも疲れた時、一度だけだがリュカを悪く言うのをやめるよう伝えた事がある。お前に言ってないと言われ、相手にされなかった。

 どうも言葉のやり取りに僕は弱かった。僕ではあの場から抜け出す方法がわからなかった。


 高校に上がった頃だろうか、大半を占める空気感が、同性愛はバカにしても良いものから配慮を必要とするものになった時、これはいい事だと素直に思った。

 何故あるかわからないようなルールに秩序、そういったものが揺さぶられるような、そんな変化が起きるんじゃないかそんな期待があった。

 だが結局は憂鬱なルールが増えただけだった。言ってはいけないやってはいけないが増えただけだった。

 そもそも、何が配慮だって話だ。配慮しなければ差別になる行動しか取れない時点でどこか歪んでいるんだ。

 

 急な空気の変化はどう受け入れられればいいかわからなかった。前までの空気を構成していた人達は何処に消えたというのだろうか。完全に取り残されたような気分だった。

 僕が生きる世界は何も変わらない。

 誰もが生きる世界を変えられるわけじゃない。地獄には地獄の秩序があるようだ。


 少なくとも僕の世界もついでに変えてくれるような万能な物など存在しなかった。そういった事に早くから気付ける程僕は頭のいい奴ではなかったんだ。

 僕はこんな記憶に執着する必要はあるのだろうか。誰かに聞きたかった。だから彼に聞いてみる事にした。

 

「なぁ、リュカはさ、昔の事恨んでる?」

 学校終わり、一人で帰る支度をする彼に話しかけた。

「あの時って何……」

 彼は困惑した顔を浮かべる。こちらを警戒していた。

「小学生の時いじめられてたろ?あの教室には僕もいた。」

「……」

「……君が誰だったかわからない。」

「そう」

「今は優しい人に囲まれてる。幸せなんだ。あの時のクズ達の事なんかどうでもいいよ。」

 声が震えていた。


 そうか。

 彼は今、大切な人の事を考えるのに忙しいらしい。


 彼のノートには留川久人 と書かれていた。

 忘れていた。小3の時に新米の先生が「とめかわ」を「りゅうかわ」と間違えてからだ。彼がリュカと呼ばれるようになったのは。


 時々僕は少しでもいい方を選ぼうとして最悪を選んでいるような気がする。この世界にはルールが多すぎる。全部覚えられているか不安になる。これでは身動きが取れない。

 だから、あの教室でリュカがみんなへの恨みで何か起こしてくれないかと期待していた。そんな事に今更気が付いた。

 曖昧な記憶の中にも絶対正しいと言えるものもある。

 僕は彼の笑顔が好きだった。

 僕も留川みたいに自分の世界を変えてしまえるような力が欲しかった。自分で何か行動しなければ、何も変わる事はないんだ。僕が変わらないのだから。


 帰り道、視界が妙に鮮やかだった。濁してきた記憶が自分の中で輪郭を持ち始めた。

 何か今までの人生を壊してしまえる事がしたかった。

 彼がいじめっ子を殴ったみたいに、何か抵抗がしてみたかった。

 何か取り返しのつかない事がしたかった。

 僕にでも出来そうな事を。

ありがとうございました

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