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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

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思い出の白い花

 翌日。

 今日も変わらずに柔らかな日差しが、レースのカーテン越しに床を照らしている。だけど私の心は相変わらずの曇天だ。


 小さな卓の上には、開封されたばかりの手紙が一通置かれていた。


「……ソフィア様が体調を崩されたそうです」


 私の言葉に、サーシャは少し残念そうに眉を下げる。


「では、狩猟祭は欠席されるのですか?」


 私は手紙に視線を落としたまま、静かにうなずいた。


「ええ。でも、狩場は森の中だもの。無理はしてほしくないわ」


 そう口にしながら、胸の奥がわずかにざわつくのを感じていた。


 数日後に控えた狩猟祭は、建国祭に伴う催しの中でも大きなイベントのひとつで、これを終えれば残すは最終日の閉幕式を兼ねた夜会のみとなる。


 狩猟祭は祭りと言っても、ただの娯楽ではない。帝国の威信と武を示す場であり、一種の軍事的イベントだ。


 賑やかで、開放的で、そして人の思惑も集まりやすい場。

 あの昼餐会のことが、どうしても脳裏をよぎる。


「不安ですか?」


 傍らに控えていたキースが、私の様子を察したように問いかけた。


「え?」


「この間のこともありますし、お知り合いのソフィア嬢が欠席となれば、心配されているのかと思いまして!」


 図星だった。

 私は小さく息を吐き、曖昧に微笑む。


「……ほんの少しだけ」


「それでしたら、ご安心を。あの騒ぎを起こしたドゥーカス家には処分が下されています」


「処分……?」


「はい。謹慎を言い渡されていますので、狩猟祭への参加は認められなかったようですよ!」


 その言葉に、胸の奥の緊張がほんの少し緩んだ。


「そう……」


 完全に安心できるわけではないけれど、少なくとも、同じ顔ぶれが揃うわけではない。


 そんな空気の変化を感じ取ったのか、

 サーシャがぱっと表情を明るくして身を乗り出した。


「狩猟祭と言えば!素敵な風習がありますよね!」


 唐突な明るさに、思わず瞬きをする。


「ほら、あれです!

 帝国の狩猟祭には女性が想い人にハンカチを贈る風習があるじゃないですか!」


「……そんな話、あったかしら」


「ありますよ!

 狩りでの無事を祈るお守り代わりなんですよ!」


 サーシャは嬉しそうに両手を組み、頬を紅潮させている。


 その様子を横目で見ながら、キースが何気ない調子で口を挟んだ。


「ちなみに――ノア様は、そのハンカチを一度も受け取ったことがありません」


「えっ、そうなんですか!?」


 サーシャが目を丸くする。


「社交界では有名な話です。

 差し出されたことは何度もありますが、すべて丁重に断っているんですよ!」


 胸が、わずかに跳ねた。


「……でも」


 キースがちらりとこちらを見る。


「セラ様からでしたら、話は別かもしれません」


「……っえ!」


「お渡しになるなら、俺が手伝いましょうか?」


 そう言って、口元に薄く笑みを浮かべる。

 明らかに、面白がっている顔だ。


「キ、キース!」


 慌てて制すると、今度はサーシャが身を乗り出した。


「セラ様!失恋を忘れるには新しい恋です!

 さっそく!ハンカチと刺繍糸を買いに行きましょう!!」


「え?」


 矢継ぎ早に飛んでくる言葉に、思考が追い付かない。

 失恋、新しい恋、全てのワードにどこか間違いがある気がするが、訂正する間もなくソフィアは続ける。


「何を刺繍しますか?

 花がいいですか?

 それとも公爵家の象徴とか!」


「セラ様!公爵家の象徴は鷲ですよ!」


 セレスティア帝国が双頭の鷲を帝権の象徴として掲げたとき、その傍らで翼を広げた一羽の鷲があった。

 それが、建国以来、皇家に忠誠を捧げてきたアルヴェイン公爵家の象徴である。

 双頭の鷲が天下を睥睨するなら、鷲はその鋭い眼で帝国の大地を守る。そう語り継がれてきた。


 けれど、ふと脳裏に浮かんだのは別のものだった。


 ――あの日、ノアと初めて言葉を交わした庭園。

 風に揺れていた、白いガーデニアの花。


 皇太子宮の奥庭。

 陽を受けて白く透ける花弁。

 香るような甘い風。

 そして、自分の前に現れた優しい少年。

 

 あのとき、彼は語ってくれた。

 “ガーデニアは天使が舞い降りた花”だと。


 幼い自分が彼を“天使さま”と呼んだあの瞬間が蘇ってきて、頬が熱くなる。


 その記憶と一緒に胸に灯る温かさは、ずっと忘れられなかった。


「……そうだわ。ガーデニア」


 思わず、小さく呟いた。

 誰が見てもただの白い花。


 でも、ノアなら……

 

(……思い出してくれるかな)


 あの庭で、最初に出会ったあの日の花だと――


 胸の奥で、小さな熱が灯る。


 この五年間でできたノアとの間にある気まずさは、まだ消えていない。

 帝国にいることの不安も、完全には拭えない。


 それでも――

 彼のことを考えると自然に胸が温かくなる。

 

 サーシャの弾んだ声と、キースのからかうような視線を受けながら、私は静かに、狩猟祭へと思いを巡らせていた。

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