キースの悪戯
お茶をしながら、サーシャと私は帝国での話をした。最近はなかなか二人で話す時間が取れなかったので、お互いの近況報告の話に花が咲く。
すると、サーシャは少し気まずそうに、声のトーンを落とした。
「セラ様はハルシオン殿下をどう思っていらっしゃいますか?」
ハルの名前に鼓動が強くなる。
「詮索するつもりはなくて……。
ただ、私がこれまでセラ様と殿下のことをカップルだと思って、発言してしまっていたので……」
確かに、彼女のこれまでの発言は、私がハルを好きで、二人は両思いだという前提の上でのものが多かった。
あの伝記を読めば、誰しもがそう思うだろう。実際には、私が皇女に戻っても、ハルと良好な関係であるイメージが消えないようにとエルダール国王がそう書かせたのだから、仕方がない。
だけど、今日のハルとリュシエルの姿を見て、彼女は自身の発言を顧みて、罪悪感に駆られたのであろう。
正直、そんなことは気にしていないけれど、サーシャはそういう優しい女性だ。
「大丈夫ですよ」
そう言うと、彼女は泣き出しそうな顔をする。
「その……!
もし、殿下の寵愛が他の方に移られて……
仮にエルダールの王宮から追い出されても、私は何があってもセラ様の味方です!
どこまでもお仕えします!
それを伝えたくて……」
私は思いがけない発言に、嬉しくてふと笑ってしまった。
確かに、周りから見れば、私はハルからの寵愛を失うと王宮を追い出されてしまうかもしれない立場だ。
彼女はそこまで想像して、私を気遣ってくれたのだ。
そして、仮にそうなっても仕えると言ってくれている。こんなに嬉しいことはない。
「ありがとう」
私は立ち上がって彼女のそばに寄ると、そっとその震える手を包んだ。
「サーシャが居てくれて、心強いわ」
この世界で、たった一人でも私の味方でいてくれる。
それがどんなに心の支えになるか。
そう思った時、私はなぜか昨日の指輪を思い出した。
私にとって、あの指輪も何処か心温まるものだった。
「そうだ!サーシャに聞きたいことがあったの!
指輪を指につけずに持ち歩くいい方法は無いかしら」
唐突な質問にサーシャは驚いたように、私を見て、涙を拭きながら答えてくれた。
「そうですね……。
親の形見なんかをネックレスにして身につけている方もいますよ!」
ネックレス……!それなら毎日身につけることが出来るかもしれない。
だけど、ノアからこの指輪をもらったことはあくまでも秘密にしなくてはならない。
「それって……周りから見えないようにできる?」
「はい!夜会のような胸元の見えるドレスだと難しいですが、普段着なら、衣服の下に隠すことができます」
確かに、私の普段着は胸元の見えない服が多い。それなら隠せそうだ。
「それを作りたいわ!」
「では!早速!この後に買い物に行きましょう!」
その時だった。ドアをノックする音が響き、キースが訪ねてきた。
「セラ様!お暇でしたら、面白いところに連れて行ってあげましょうか?」
キースが悪戯っぽく笑うので、私はどこか嫌な予感がして尋ねた。
「面白いところ ですか?」
「はい!」
「ですが、これからサーシャと街に出かける予定がありまして!」
私がそう言って断ろうとすると、サーシャはなぜか首を大きく振った。
「ネックレスは私が下見しておきます!」
「え!でも!」
「ですから、セラ様は騎士様と一緒におでかけください!」
私は、サーシャに背を押されるようにして、何か裏があると分かりながらもキースの提案を呑むことにした。
キースはさっそく、私を馬車に乗せると、そのまま行き先を教えてくれないまま出発した。
辿り着いたのは、皇宮だった。皇宮と言っても、両陛下の居所ではなく、臣下達が執務を執り行う宮廷だ。
本来なら、そんな簡単に入れる場所ではない。
けれどキースの通行証を使うと、あれよあれよという間に中へ通されてしまった。
そして、キースは慣れた様子で一つの部屋の前に止まる。
「ここは?」
「はい!――ノア様の執務室です!」
「え、えぇっ!?」
止める間もなく、キースは軽やかに私の手を引いた。
「大丈夫、怒られたら俺が謝ります!」
「いやそういう問題じゃ――!」
もし、誰かに見つかったらタダではすまない。キースが居るから大丈夫だとは思うけど……。
そんな私の不安をよそに、キースは扉を開けると、私を引き込んだ。
部屋の中は静かだった。
塵ひとつ落ちていない床、綺麗に片付けられた本、きちんと並べられた書類の束。そのすべてが、彼がどれだけ自分に厳しい人なのかを物語っている。
そして、淡い光の中でノアが机に突っ伏すように眠っていた。
「……寝てる」
「珍しいよね。あのノア様が仮眠なんて」
キースは面白がって囁くと、悪戯な笑みを浮かべて静かに部屋を出た。
「ちょっと!キース?」
「ふたりっきりでどうぞ~」
私は困惑しつつも、眠るノアを見つめた。
昼の光が彼の横顔を照らしている。
長い睫毛の影、少し乱れた前髪。
普段の完璧な彼からは想像できないほど、無防備な姿だった。
――こんな顔、初めて見た。
私は近くにかけてあった彼の上着を取ると、そっと、眠る彼にかけ、光が差し込むカーテンを閉めた。
この前、部屋を訪ねてきてくれた時も疲れた顔をしていた。先日の皇宮での昼餐会の日も彼は公務をこなしていた。きっと忙しくて眠る暇もないのだろう。
ならせめて……今は少しでも休んでほしかった。
しばらく彼の寝顔を見つめて、
目にかかる前髪をはらおうとした瞬間――
ノアの手がすっと伸びて、私の手首をつかんだ。
驚く暇もなく、温もりが伝わってくる。
「……もう少しだけ……」
低く、寝ぼけた声。
まるで、誰かを引き留めるみたいに。
時間が止まる。
そして、顔を上げたノアの瞳が、ようやく焦点を結んだ。
「……エリシア……様?」
その名を呼ぶ声は、驚きと、少しの照れを含んでいた。
「ご、ごめんなさい!その!キースが、勝手に――」
慌てて手を引こうとするが、ノアは一瞬だけ迷い、名残惜しそうに、ゆっくりと手を離す。
「……いえ。こちらこそ、みっともないところを」
淡い沈黙。
けれど、その静けさはどこか優しかった。
沈黙を破ったのはノアだった。
「この後にお伝えしようと思っていたのですが……実は、皇帝陛下から墓所へ入る許可を頂けました。よろしければ、今から行かれますか?」
「……いいのですか?ノアはその……忙しいのでは?」
「今日は休みなので大丈夫ですよ」
ノアはほんの一瞬、仕事机に視線を向けてからそう言うと、上着を羽織って私を墓所へと案内してくれた。




