私の立場
ドゥーカス家の顛末を冷たい眼差しで見送った後、ノアは私のほうに向き直る。
「お疲れでしょう。すぐに馬車を用意します」
その微笑みは柔らかく、どれが本当のノアなのか分からなくなる。
返事をしようとしたとき、隣にいたソフィアが話に割り込んできた。
「公爵様、私もセラ様と一緒に帰りますわ」
「では、フローレンス家の馬車を呼びましょうか」
「いいえ、セラ様と一緒で結構ですわ」
引き下がらないソフィアにノアは怪訝な眼差しを向けながらも、微笑みは崩さない。
「おひとりが不安でしたら、公子を呼びましょう」
「なぜか、公爵様がセラ様を特別扱いされていることは分かりました!
ですが!公爵様は勘違いなさっています!
私とセラ様はお友達です!危害を加えることなどございませんわ」
「フローレンス姫君、お気を悪くされたのでしたら申し訳ございません」
ノアは動揺することなく答えたが、ソフィアはどこか察しがいい。
私はこの場を収めるべく、ノアに話しかけた。
「アルヴェイン公爵閣下、お気遣いありがとうございます。
ソフィア様とは仲良くさせて頂いておりますので、同じ馬車で大丈夫ですよ」
ノアは私の言葉の真意を探るようにじっと見つめる。それこそ僅かな瞳の揺れも見逃さないように。
彼の表だった振る舞いは五年前より柔らかく感じるのに、所々に鋭さが感じられる。
なんとなく……だけど、ノアは帝国の貴族を誰も信用していない気がする。同じ皇帝派の公女に対しても警戒心を抱くほどに……。
「そうでしたか。では、お二人ともご案内します」
そう短く答えたあと、彼は私とソフィアを連れて玄関口へと歩き始めた。
「そう言えば……ハルシオン殿下は大丈夫なのですか?」
ソフィアが小さい声でつぶやく。
ハルのことだから、あの騒動の渦中に私が居ると知ればすぐに駆け付けてくれるはず。
だが、あの取り巻きだ。
おそらくこちらまですぐに駆け付けるのは難しいだろう。
もしくは、まだリュシエル王女と一緒に居るのかもしれない……。
「殿下はお一人でも大丈夫でしょう」
「そういう意味じゃ!」
ソフィアの質問の意図が違うことは分かっている。でも、今は自分のことで精一杯で、ハルを思って胸を痛めたくなかった。
玄関まで着くと、ノアは私とソフィアをアルヴェイン公爵家の馬車に乗せ、キースを護衛につけて見送った。
正直に言うと、ノアとは話したいことがたくさんある。
だけど、人前でそのような素振りを見せるわけにはいかない。私は簡単なお礼だけを告げて別れた。
馬車の中でソフィアは何か言いたげに私の顔をまじまじと見つめてくる。
「何か尋ねたいことがおありですか?」
私の問いに、ソフィアは少し悩んだように、言葉を選ぶように斜め上を見た。
「セラ様って皇女様ですか?」
その質問に私は思わず噴き出した。ノアのように動揺しないようには出来なかった。
「どうしてそんなとんでもない発想に?」
「えぇー!違いましたか?
立ち振る舞いに歩く姿勢、挨拶も平民の方とは思えません!」
「それは神殿での祈りの日々で身についたのです」
私は慌てて取り繕う。
「今日のあの状況!
自分のことよりも、帝国の情勢や政治的立場を考慮する平民の女の子がいるはずないです!それも他国の……」
「でも今日でエルダールはセレスティアに恩を売ることができました」
淡々と話を続ける私にソフィアの表情が陰り始める。
「そう……だけど……。
公爵様が女性に跪かれるところなんて見たことがありません!
あの方があのような眼差しを向けるのは皇女様だけでしたから」
「私が皇女様なら、エルダールで神殿に閉じ込められてないで帰国していますよ」
その答えにソフィアは「まぁそうですわね」と頷いた。彼女は鋭いようでどこか抜けている。
でも、ソフィアのような女の子でも薄ら気付いてしまうのだから、これからは行動に気をつけないといけない。
皇女が死んでいるのなら、生き返ったと思う者はいない。だけど、皇女が行方不明なのなら、どこかに居ると思う者がいる。
(帝国はやっぱり怖い……)
そうこうしている間に、馬車はフローレンス公爵の皇都邸に到着した。
「では!また会いましょう!」
ソフィアは軽快に馬車を降りていった。その後、迎賓館に着くまで、私はただ流れる街並みを見つめていた。
部屋に戻ると、すぐにノックの音が響く。外を確認すると、息を切らしたハルが立っていた。
「ハル、お帰り」
言わないといけないことがたくさんある。迷惑をかけたと、心配をかけたと謝らないと……。
なのに出た言葉はこれだけだった。
「何故、先に帰った?」
ハルの声は聞いたことがないくらい低くて暗い。
彼の前で"ノア"の名前を出すのは違う気がした。
だけど、答えなきゃ。
「ソフィア様が一緒に帰ろうって言ってくれて……
その、疲れていたから……」
「どうして俺から離れた?」
だって……。私の立場じゃ、あのままハルの隣に居るのは違ったから……。
「リュシエル王女とは……その、仲良くした方がいいと思ったの。でも……婚約者になるかもしれない人の隣に、他の女がいたら嫌かな?って……思った……の」
こんなこと言いたいわけじゃない。
「それ、本気で言っているのか?」
「……うん」
違う……本心じゃない。
「なぜ、そうなる」
今の私はどうかしている。
「私はセラで、ハルは王太子だから」
この台詞はハルを傷つける。そして、自分自身も。
分かっているのに、そういう言葉が止まらない。
「すまなかった……」
ハルは今にも消え入りそうな声で言う。
「大変な時に、そばを離れて……」
彼はちっとも悪くない。
悪いのは、誰……だったんだろう。
「ハルは……悪くない」
「頭を冷やしてくる」
ハルはそう言うと自室の方へと歩いて行った。
彼が振り返ることは、なかった。
こんな風になりたいんじゃない。
ハルとは隣にいて、冗談を言って、一緒に笑って……ただ、それだけでいいのに。
どうして、上手くいかないんだろう。
気付くと頬に涙が伝わって止まらなかった。




