ペリドットの真実
「この指輪は確かにアルヴェイン公爵の物ですわ」
皇后の言葉に、周囲は再びざわめき、ジェシカは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「皇后陛下!恐れながらお伝えさせて頂きたいことが!」
隣で必死に声を上げるソフィアを皇后は手で制した。
「まぁまぁ、ソフィア嬢、まずは私の話を聞いてくださるかしら?」
「承知しました。ご無礼をお許しください。皇后陛下」
ソフィアは納得のいかない様子で一歩後ろに下がったが、皇后にとってソフィアは孫娘。
息子であるフローレンス公爵の政敵でもあるドゥーカス家に有利なように事を運ぶとは思えず、私は少し落ち着くことにした。
一方で、皇帝はこの場は皇后に一任したという様子で皇后の傍らに控えており、言葉は発しない。
「ジェシカ嬢、この指輪がどんな物かご存知ですか?」
皇后の言葉にジェシカは扇を開いて緩んだ口元を隠した。
「ペリドットの指輪ですわ」
その答えに、重鎮の貴族たちは口を結んだ。
革新派(ドゥーカス家側)の貴族が数名、焦ったようにその場を後にする。
「公爵家がペリドットの宝石をどのように扱っているかはご存知?」
「さぁ、ペリドットなんて流通量の多い宝石ですわ。
その指輪に使われているものは非常に好品質なものですけど」
「知らないとは……
貴女が公爵の婚約者だという噂は嘘のようね」
皇后の言葉にジェシカの顔色が鋭いものに変わる。
「この指輪はね、アルヴェイン公爵が皇女の誕生日に送ろうと、《《あの日》》以前に作らせていたものです。
後日、工房から上がってきたものを皇室が保管し、帰国した公爵に渡しましたので、間違いありませんわ」
ノアが私に贈ろうと作ったもの……皇后の言葉に私は胸が熱くなるのを感じる。
そして、皇后は続けた。
「そのような大切な物を公爵が貴女に贈ったと?」
それまで騒がしかった庭園は静まり返った。
ジェシカは急に自分に向けられた冷たい視線を理解できず、視線だけをさまよわせていた。
「どういう事?」
「つまり、盗んだのはドゥーカス令嬢?」
「アルヴェイン公爵から皇女様の指輪を盗んだのか?」
今まで沈黙を貫いていた皇帝が口を開く。
「確かにペリドットは我が孫の瞳の色の象徴だ。
公爵家がそんな宝石を他の家の者に贈呈するはずがない」
そして、その場を鎮めるように、皇帝夫妻が私の元へと歩み寄った。
「セラ嬢、この度は帝国の者が無礼を働き申し訳ない」
皇帝が頭を下げた。
これが何を意味するか、分からないほど帝国貴族たちは落ちこぼれてはいない。その場にいた帝国貴族達は皆、その場で謙虚になる。
「いいえ、持ち主に届くことを願います」
私がそう言って小さく会釈すると、皇后が私の手を両手で包んだ。
「嫌な思いをさせました。お詫びの席は必ず設けます」
両陛下が庶民に頭を下げるなどあってはならないこと。
私は無理にでも笑顔を作り、その場を収めようとした。
「いいえ、誤解を晴らしてくださった陛下には感謝しかございませんわ」
その時、宮廷の方から凛とした佇まいの男が歩いて来た。あの淡い色の髪――ノアだ。
彼が庭園に到着すると、皆、言われなくても道を開け、彼はいとも簡単に騒動の中心にやって来た。
その場にいる全員が彼の動向に注目する。
「公爵様!」
ジェシカがノアに泣きつこうとしたその時――
ノアは私の元に歩み寄り、そして、その前で颯爽と跪いた。
「話は聞きました。この度は私の失くし物の為にご迷惑をおかけし、申し訳ございません。
……あの指輪は私の大切な物です。見つけて下さり、感謝致します」
そう告げると、ノアは私の手を取り、その手の甲に口付けを落とした。
その堂々たる姿に、取り巻きの貴族たちは息を飲み、若い令嬢たちは頬を赤らめる。
「アルヴェイン公爵」
皇后がノアの名を呼ぶ。ノアは皇后に呼ばれて来たのだから、普通であれば一番に尋ねなければならない。
私が慌てて手を引くと、彼は名残り惜しそうに立ち上がった。
「後ほどお部屋に伺います」
低く囁くような声とともに、彼の視線が一瞬だけ私を捉える。
その熱を振り切るように、ノアはすぐに身を引いた。
こんなに近くで彼を感じたのは何時ぶりだろう。私は耳の先まで熱くなるのを感じて、その場から動けなかった。
ノアは両陛下の方に向き直ると、頭を下げた。
「私の管理が至らず、皇后陛下より頂いたものを紛失してしまい、申し訳ございません」
「セラ嬢に感謝しなさい。それに、貴方ももう公爵なのですから、自身の噂ぐらいは管理できるようになさい」
皇后はまるでノアを自分の孫のように説教した。言葉こそ責めているが、その口調は柔らかい。
「まぁ、貴方が噂をあえて放置した理由も理解できますが……。
そうするならきちんと管理なさい」
「申し訳ございません」
ノアが短く答える。
先程からのやり取りを見ていると、ノアとジェシカは婚約関係ではない……ということなのだろうか?
その瞬間、心が浮き足立つのがわかった。希望と嬉しさと、安堵とが混ざりあって、きっと私はおかしな顔をしていたに違いない。
そこに先ほどのノアと同じようにして二人の男が現れる。一人の老人と赤髪の男……ドゥーカス大公とその子息、アドルフだ。
「孫娘がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
二人が両陛下に頭を下げると、皇后は途端に冷たい顔に戻る。
「謝罪する相手が違いますわよ。
それに、大切なお客様方の前で、帝国の恥をさらした罪は負っていただきます。
まずはあの虚言癖のある娘をすぐに連れていきなさい。処罰は追って知らせます」
「承知しました」
二人は深く頭を下げ、私の方へ一礼すると、泣き叫ぶジェシカを引きずるようにして庭園から去っていった。




