表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/140

陰湿な令嬢

「お時間よろしいですかな?王太子殿下」


 声をかけてきたのは、エルダールの東に位置するノルディア王国の王弟だった。


 ノルディアは、エルダールが干ばつに苦しんだ際、惜しみなく穀物を援助してくれた国だ。エルダールの王太子としては交友関係を結んでおくべき相手だ。


 ハルは私の方を気遣うような素ぶりを見せたが、私はそっと彼の手を離した。ハルも私の意図を汲んだようで、二人はサロンの方へと歩いて行った。


 一人になった途端、夜会のざわめきが急に遠くなった気がした。

 どこへ向かうべきか分からないまま、私は立ち尽くしていた時だった。


「ごきげんよう、セラ様」


 完璧に整った声。

 振り向くと、ジェシカがそこに立っていた。


 暁色の髪に薔薇色のドレス。

 宝石は控えめだが、その分、視線を独占する自信に満ちている。


「建国祭はいかがでした?」

「とても……素晴らしい一日でした」


 型通りの応答。

 それだけで終わると思っていたが、彼女は私を離してはくれなかった。


「帝国の民も、随分と熱狂していましたわね」

 彼女はくすりと笑う。

 言葉とは裏腹にその笑みに私への尊重は微塵も感じられない。


「“自国の聖女”でもない方に、あそこまで心を寄せるなんて」


 胸の奥が、ひやりと冷えた。

 けれど、私は先に口を開いた。


「……光栄なことだと思っています」

「ええ、そうでしょうとも」


 ジェシカはにこやかにうなずき、それから、ふと声を落とした。


「でも――少し、心配ですの」

「……?」

「エルダールで信仰を壊されたように、帝国で民を惑わし、皇族への忠誠を壊してしまうのでは無いかと……」


 その言葉が、ゆっくりと沈んでいく。


「どこの出身かも分からない存在が、

 あたかも“神聖なもの”のように扱われるのは……ねぇ」


 周囲の会話が、わずかに静まる。

 好奇心を含んだ空気が、肌にまとわりつく。


「それに……」


 ジェシカは視線を、わざとらしくハルへと向けた。


「先日の夜会でもお茶会でも殿方に連れ出されて……

 ご自身をか弱く見せるのがお好きなのかしら?

 まるで一人では何も出来ない子どものようでしたわ。

 そんな醜態をさらして恥ずかしくないのかしら」


 笑みは柔らかい。

 けれど、その奥には確かな悪意があった。


「まるで、聖女というよりは、はしたない娼婦のようですわ」


 その言葉に胸の中の空気が急に重くなり、呼吸ができなくなった。


 どうして、ここまで言われないといけないのだろう。

 私は、この方に何かしただろうか。

 

 ジェシカは、私の返答を待たずにグラスを傾けた。

 その仕草はあまりに優雅で、言葉の棘を覆い隠してしまうほどだった。


「両親を亡くされている、と伺いましたわ」


 ――その一言で、時間が止まる。


 周囲の貴族たちは、聞こえていないふりをしている。

 けれど誰もが、聞き耳を立てているのが分かった。


「お気の毒でしたわね。

 若くしてお二人とも亡くされるなんて」


 同情。

 それを装った、決定的な一撃。


 ジェシカは、ほんの少しだけ首を傾げる。


「だからこそ、今のお立場に“しがみついてしまう”お気持ちも、分からなくはありません」


(違う)


 しがみついてなんかいない。

 私は、ただ帝国に、自分の祖国に帰って来ただけ。

 そこで、家族のお墓に手を合わせたかった。

 ノアともう一度だけ、話をしたかった――ただ、それだけ。


 だけど、一言もこの場で出していい言葉が無い。


 私が言い返さないのをいいことに、ジェシカは調子よく言葉を続けた。


「愛情を受けずに育った方ほど

 殿方に依存しやすいと聞きますもの」


 心臓が、ぎゅっと掴まれたように痛む。


 反論したくても、できない。

 だって、それは――半分、事実だから。


 父と母は確かに私に愛情を込めて育ててくれた。

 だけど、それと同時に――

 この五年間、愛情を受けていないと言われれば嘘ではない。


 (だって仕方がないじゃない)

 

 父と母はもうこの世にはいないのだから。

 それを愛情を受けて育っていないと言われれば、

 何も言い返せない……。


「……ジェシカ様」


 やっと絞り出した声は、自分でも驚くほど静かだった。


「私は、帝国に害をなすつもりはございません」


「ええ、存じておりますわ」


 ジェシカは、満足そうに微笑む。


「だからこそ、なおさらです」


 その声は、優しく、柔らかく、逃げ場がなかった。


「“何も持たない人”が、

 ここに居場所を求めるのがおかしくなくて?」


 確かに、今の私は本当の名すら名乗れない。

 自分の家族を家族とも呼べない。

 最後の希望だったノアの隣も、この人のもの。

 居場所なんて、もうどこにも無い。


 その事実が、言葉にならないまま喉を塞ぐ。

 胸の奥に、冷たいものが落ちていく。


 だけど、このままじゃいけない!

 

 私は茶会の時にハルに言われた言葉を思い出す。

 最初は誰かの真似でいい。

 私が今、思い描く理想の姿を演じればいい。


「――随分と、好き勝手に言ってくれますのね。

 平民とはいえ、今の私はエルダールの使節です。

 私への無礼はエルダールへの侮辱ととってよろしいのでしょうか」


 場の空気が、ぴんと張り詰める。


 ジェシカは一瞬だけ目を見開き、すぐに微笑みを取り戻した。


「あら、申し訳ありません。

 ただ、帝国の未来を案じただけですの」


「でしたら、なおのこと貴女たった一人の振舞いで帝国の印象を落とされることがありませんよう、お気をつけください」


 母のように気高く、凛とした女性を演じた。

 だけど、本当の私はもう、その場に立っているだけが必死だった。


「……まあまあ、皆さま」


 その時、穏やかな声が割って入った。


「せっかくの建国祭の夜ですもの。

 こんなところで立ち話では、もったいないですわ」


 振り向くと、確か中立派の有力貴族の夫人がにこやかに微笑んでいた。


 (……助かった)


 私がホッと一息つくと、夫人はジェシカのほうに話しかけた。

 

「ドゥーカス家の姫君も、あちらにアルヴェイン公爵がいらしてましたよ」

「あら、公爵様が?」


 ジェシカは私のほうを一瞥し、夫人に言われるがまま、取り巻きと共にその場を後にする。


 気づけば、周囲の輪は自然とほどけていた。


 華やかな音楽。

 笑い声。

 祝祭の夜。


 ――少し、頭を冷やしたい。


 私はバルコニーへ足を向けた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ