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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

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建国祭

 皇宮前の大通りには、朝早くから帝都の民がびっしりと並び、凱旋門には帝国旗が揺れている。

 

 空は深い青で、一点の曇りもない。秋の陽光が白い城壁に反射し、柔らかな光の粒が空気に溶けていた。まるで帝国そのものが祝福を受けているみたいで、思わず息を呑む。

 

 帝国の始まりを祝う建国祭――その荘厳な式典は、静寂の中で始まる。玉座の間で祝詞が響き、古より伝わる儀式が粛々と進む。


 隣のハルは、凛とした面持ちで儀式の進行を見守っていた。銀の髪が光を受けてほのかに輝く。神々しいほどに美しいその姿は、異国の貴賓にも関わらず驚く程に自然にこの場に馴染んでいた。


 儀式が終わると、案内役の侍従に導かれて皇宮の玄関前に着いた。

 淡く緊張が指先に残っていたけれど、昨日よりも心は静かだった。


「寒くないか?」

 隣のハルが小声で尋ねる。


「うん。大丈夫」

 微笑むと、彼も安心したように目を細めた。


 その時、式典の案内役を務める帝国の文官が軽く一礼しながら近づいてきた。


「ハルシオン・レヴィ=ルフェリア王太子殿下、セラ=ヴァレンティア様。

 本日は建国祭の特別来賓としてご参列いただき、帝国としても大変光栄に存じます」


 文官の声はよく通り、控えめながらも礼儀が滲む。


「本日は、帝国皇族の行列とは別に、諸国の友誼を示す“来賓列” を設けております。

 殿下とセラ様には、こちらの馬車でパレードにご参加いただきます」


 文官が指し示した先には、黒を基調としたパレード仕様の馬車が待っていた。

 皇族の馬車より少し後列に位置するが、それでも充分に格式高い。

 帝国が他国の来賓を大切に扱っていることが一目で分かる。


 ハルは平然と頷き、軽く笑みを浮かべた。


「帝国の厚意に感謝する。光栄だ」


 その声は落ち着いていて、何の迷いもない。


 文官は続ける。


「陛下は、創建より千年のこの祭を“世界との和”の象徴とされており、友好国の王族を列に招くことは、帝国にとっても名誉なのです」


 ――なるほど。

 帝国の威信、外交のアピール、そして建国祭の象徴としての“友誼”。それなら、他国の王子がパレードに参加する理由は十分だ。


 けれど、私は少しだけ胸の奥がざわめいた。

 

 (偽物の私がそのような場に居ていいのかな……。

 それに……ノアもこの行列のどこかにいる……)


 名前を思い出しただけで、少し胸が痛んだ。


 その時――。


「そこのご令嬢」


 柔らかい声に振り返ると、

 上品な老女が、侍従を伴って立っていた。

 真珠色のドレスに、白銀の冠。

 目元にはかすかに笑みを湛えている。


 皇太后――帝国でただ一人、皇帝と同じ敬称で呼ばれる者。

 そして、私の“曾祖母”にあたる人。


「……!」


 一瞬、胸が締め付けられた。

 答えられずにいる私の代わりにハルが丁寧に頭を下げた。


「恐れ入ります。皇太后陛下。

 私はエルダール王国より参りましたハルシオン・レヴィ=ルフェリアと申します。

 彼女はパートナーのセラ=ヴァレンティアです」


 紹介を受けた私は丁寧に会釈する。


「あら。公表しておりませんけど、私もエルダール王国の出身ですの。一度、きちんとお話をしたいと思っていたのよ」


 その瞳は優しいのに、どこか深い底を隠していて――

 まるで私のすべてを見透かしているみたいだ。


「ずいぶんと可愛らしい方ですね」


 皇太后は私に近づき、そっと指先で私の髪を撫でた。


「あなた……どこか、私の愛らしい曾孫に似ているわ」


 その言葉に、心臓がどくりと跳ねた。


(……気付いている?)


 いや、まだ確信ではないはず。


「帝国に滞在中にぜひお茶をご一緒に。

 短い時間でもいいの。お話をしましょう」


 そう言って微笑む皇太后の声は、どこか懐かしさを帯びていた。


 ハルが控えめに頭を下げる。


「皇太后陛下のご厚意に感謝いたします」


「ふふ……あなたも、彼女を大切にして差し上げてね」


 皇太后はそう言い残すと、侍従にエスコートされて皇族列へと戻っていった。


 残された私は、胸の内がふわりと揺れたまま、しばらく声が出なかった。


 ハルがそっと私の手を取る。


「……大丈夫か」


「ごめんなさい。ちょっと……驚いただけ」


 彼は優しく頷く。


「行くぞ。そろそろパレードが始まる」


 皇城前で鳴り響く号砲の音が、建国祭の始まりを告げた。


 ハルが先に馬車へ乗り込み、私へ手を差し出す。

 光を受けた彼の金色の瞳が、どこか楽しげに揺れていた。


「騒がしいのは好みでは無いが、ここはあんたの祖国だ」


 帝国ではなく“祖国”、その響きが胸に響いた。


 民衆の歓声が一段と大きくなり、馬車がゆっくりと動き出す。


 帝国最大の祝祭の中心で、私は風を受けながら、

 生きて届かなかったはずの未来を、今、再び踏み出していた。

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