月光の再会
その日の夜、私は胸に渦巻く靄を晴らしたくて、庭園に出た。
夜の帝都は、昼の喧騒を忘れたように息を潜めていた。庭園の花々は白い光をまとい、まるで世界が薄い硝子の膜で覆われたようだ。
舞踏会自体は上手くいったはずなのに、胸の奥に重いものが残ったままで、上手く消化できない。
(ここに来てから心が落ち着かない……)
大きく吐き出した息が夜気に溶ける。
そのとき――静寂の中で小さな足音がした。
反射的に振り返り、目に入った人物に思わず釘付けになる。
ここに居るはずがない人。
私に会いに来るはずなどない人……。
月光に照らされた淡金色の髪は柔らかく、長い睫毛の奥で揺れる透き通った瞳がこちらを捉えた瞬間、胸が痛いほど締めつけられた。
「……ノア」
その名前が口からこぼれ落ちると同時に、目頭が熱くなった。
「お久しぶりです、……殿下。
驚かせてしまいましたか?」
柔らかい声色に、懐かしい微笑み。
「……いいえ。大丈夫です」
喉が勝手に震え、声が揺れてしまう。
ノアは少しだけ目を細めた。
「本当に殿下なのですね……ご無事で、本当によかったです」
「エルダールではたくさんの人が守ってくれましたから」
言葉を選ぶように、笑みを作る。
神殿でのことは、話すつもりはなかった。
彼に心配をかけたくなかった。
「そう…ですか……」
ノアの瞳がわずかに揺れる。
たぶん、気づいている。私が嘘をついていることに。
それでも彼は、何も問わなかった。
「すぐに迎えに行くことが出来ず、申し訳ございません」
その言葉に、心が強く締めつけられた。
ずっと待っていた――けれど、今さらそんなこと言えるはずもない。
「仕方がありません。帝国の混乱もあったのでしょう?」
「それでも、約束は約束です」
胸の奥に刺さるように響く低く、静かな声。
「私が不甲斐ないばかりに……申し訳ございません」
否定したかった。
不甲斐ないなんて思ったことない。
彼がどれほど奔走してくれたかも知っている。
けれど、私は笑うしかなかった。
「五年も経ったのですもの。忘れられているかと思っていました」
言った瞬間、自分でも情けないと思った。
目を逸らしたかったが、ノアの瞳が、夜の闇の中で真っ直ぐに私を見つめている。
「忘れられるはずがありません」
その言葉は、温かいのに痛くて、近いのに、遠い。
だって、彼の隣には今、別の令嬢がいる。
その事実が胸を冷やした。
沈黙が流れる。
それを破ったのは、ノアの低い声だった。
「殿下、帝国から危険が完全に去ったわけではありません」
「え?」
「あの日、あなた達を狙った者がまだ潜んでいます」
その言葉に、背筋がゾクリとするのを感じた。
あの夜はまだ終わっていないのだ。
「ですから、護衛をつけさせてください。
せめて帝国滞在中だけでも。
今日は、それをお願いに参りました」
「……ありがとうございます。でも、私は――」
その続きを言おうとして、喉が詰まった。
もし拒めば彼を困らせる。
でも、受け入れれば、また心が揺れてしまう。
沈黙が、夜気よりも冷たく二人の間に広がる。
「もう、貴方を失いたくないのです」
静かな声に、押し殺した感情が滲む。
あの頃のままの優しさが、今はただ苦しく感じた。
「護衛の件は承知しました。
公爵様のご負担にならなければ、お願いいたします」
そう言った途端、彼の表情がわずかに崩れた。
深い悲しみがそこにあった。
「……ありがとうございます。
では、明日に改めてお伺いします」
静かな礼とともに距離が離れていく。
その背が夜の闇に溶けていくたび、胸が締めつけられた。
――本当はそばにいて欲しい。
もし、そう伝えたなら、きっと彼は困るだろう。
伸ばしたかった手は、宙で止まり、何も掴めないまま震えた。
***
近くの木陰で、白銀の髪が月光を浴びて揺れた。
金の瞳が静かに二人を見つめる。
ハルはひと言も発さず、ただ微かに笑った。
その笑みが、どこか痛みに耐えているように見えた。
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この話で再会編は終了です!
ノアとエリシアの本当の意味での再会はこの夜になるのかな?という所でこちらのお話までを再会編にしました!
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ありがとうございます。
次回からは建国祭編スタートです!
三人の関係性が変わっていくので
お楽しみいただけると嬉しいです!




