不器用な優しさ
「セラ、ここにいたのか」
低く、よく通る声が響いた。
よく知っているその声に、ピンと張った糸が緩むのを感じる。
令嬢たちの視線が一斉に声の主へと向けられた。
白銀の髪に透き通る金の瞳。
エルダール王国の正装を纏ったハルが立っていた。
彼の姿を目にした瞬間、令嬢たちは一斉に息を呑む。
「ハルシオン殿下……!」
最初に立ち上がったのはジェシカだった。
作り笑いを浮かべながら優雅に一礼する。
「このような小さな茶会にご足労いただき、光栄ですわ」
「随分と静かな茶会だな」
ハルは柔らかな微笑を浮かべた。
けれどその笑みは計算されたもので、どこか薄く冷えている。
ジェシカの笑みがほんのわずか揺らぎ、私に視線を移す。
「今ちょうど話に区切りがついたところですのよ。セラ様には、楽しいひとときを過ごしていただけましたでしょうか?」
「十分に」
私より先にハルは短くそう答えた。
その一言で、場の空気が張り詰める。
「彼女を連れて行っても?」
「ええ、もちろん……殿下がそうお望みなら」
言葉こそ丁寧だが、ジェシカの笑みの端が微かに引きつっている。
その横を通り過ぎながら、ハルは私の手を自然に取った。
指先に触れた瞬間、ほっとする。
そのままエスコートされるように、私は席を立った。
令嬢たちの視線が背中に刺さるように集まっているのを感じながら。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ、殿下。……セラ様も。」
ジェシカの声には、完璧に隠された毒が含まれていた。
けれどハルは振り向かず、ただ軽く頭を下げるだけで、私の手を離さないまま会場を後にした。
薔薇園を出た途端、空気が少し軽くなるのを感じた。
私の肩が小さく震えているのに気付いたのか、ハルは歩みを止めた。
「……何か言われたのか?」
「ううん。また、上手くやれなかっただけ」
無理に笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。
それでも彼は追及しなかった。
ただ、私の手を包み込むように握りしめて、低く呟いた。
「あんな女は放っておけ。ああいう奴は自分の言葉で自分の価値を下げていくだけだ。
分かる人間はちゃんと見てる」
その言葉はぶっきらぼうで、まるで突き放すよう。
けれどその声音の奥に、確かな温度があった。
「……来てくれて、ありがとう」
そう言うと、ハルはちらりと横目で私を見た。
本来ならあのような場でも揺れずに、凛としていなければならない。
それは"セラ"としても"エリシア"としても求められる社交界でのスキル。
それなのに、私は未だにまともな会話さえ出来ない。
「どうしたらハルみたいに堂々と振る舞えるのかな?」
ハルは少しつまらなそうに、軽く肩をすくめた。
「さぁな、神子の時もそうだったが、求められる姿を演じることは苦ではない」
確かに神子の時のハルは神の化身として完璧に振舞っていた。演技ってそんな簡単にできるものなのかな。
「……祈りの儀の時は、お前も演じていただろ」
祈りの儀――サーシャが裾を踏んで私が転びそうになった時、何故だが頭に母の姿が浮かんだ。
「……あの時は母上の真似をしただけ」
「最初は誰かの真似でいいだろ。そのうち自分のものになる」
「じゃあ、頑張ってみる」
「別に無理する必要は無い」
「でも、このままは私が嫌なの」
風が吹き抜けて、彼の白銀の髪が揺れる。
金の瞳が淡い光を帯びて、まっすぐに私を見た。
「お前ならできる」
その自信に満ちた言い方に、思わず笑みがこぼれた。
いつも不器用で、言葉足らずで、でも――誰よりもまっすぐ向き合ってくれる。
いつの間にか薔薇園の重苦しい空気も、ジェシカの刺すような視線も、遠くに感じられた。
――私は弱い。けれど、一人じゃない。
そう思えただけで、世界が少し明るくなる気がした。




