再会を期す
エルダールの王都からセレスティア帝国の皇都までは、およそ一週間の旅だ。
私たちは途中にあるベネット侯爵領で、帝都入りの準備を整えることにした。
この一年、干ばつを乗り越えて発展を見せるエルダールに期待を寄せ、迎え入れたいと名乗りを上げる貴族家は多かった。
だが、私の素性を知っているベネット侯爵家こそ最も安全だと、王に提案した。
“セラ=エリシア”だと知られれば、本の存在と共にエルダールでの扱いが露見してしまう——。
その懸念から国王は渋ったが、時間をかけて説得し、ようやく許しを得た。
もちろん、私もハルが治める未来の国に火種を残すつもりはない。
うまく立ち回るつもりだ。
だがそれ以上に、私は久しぶりにベネット侯爵夫妻に会えることが嬉しかった。
あの日、手を差し伸べてくれたことへの感謝を、ずっと伝えたかったのだ。
侯爵に“誤算”があったのは事実だ。
王太子夫妻はすでに亡くなり、王妃は信仰に囚われ正気を失っていた。
私は匿われるどころか、神殿という冷たい檻に閉じ込められた。
それでも——今日まで追手に見つからずに生き延びられたのは、皮肉にもその隔離のおかげだった。
王太子の死も、王妃の心神喪失も、エルダールは国を挙げて隠し続けていたのだから、侯爵に知りようがなかったのだ。
きっと、王太子の友であった私の両親でさえ、何も知らなかったのだろう。
何はともあれ。
ようやく“皇女エリシア”として、ゆかりある人々に再び会える——それだけで胸が熱くなる。
五年前、侯爵邸からエルダールへ逃げたときは数週間かかった道のりも、整備された街道を通れば五日で着いた。
ベネット侯爵邸は、久しぶりに見ても変わらなかった。
古城のように重厚で、威厳に満ちた佇まい。石壁に絡む蔦が風に揺れ、午後の日差しが静かに影を落としている。
私たちの馬車が止まると、侯爵夫妻をはじめ、使用人や騎士たちが総出で玄関に並んでいた。
「遠路はるばるよくぞお越しくださいました。ベネット家一同、王太子殿下、そしてセラ様のご訪問を心より歓迎いたします」
「ベネット侯爵、迎え入れてくれたことに感謝する」
ハルと侯爵の挨拶を済ませ、私たちは貴賓室へ案内された。
人払いがされると、侯爵夫人が勢いよく私を抱きしめる。
「皇女殿下……よくぞご無事で戻られました」
「夫人……ありがとうございます」
続いて、ベネット侯爵が私の前に進み出ると、その場で深く頭を垂れた。
「申し訳ございませんでした!!」
かつての毅然とした彼の姿からは想像もできないほどだった。
「侯爵、どうか顔をお上げください」
「あのような死地へ皇女様を送ってしまったこと……万死に値します」
そう言うと、彼は腰の剣を抜き、私へ差し出しながら跪いた。
「どうぞ、この命、お好きなようにお裁きください」
言葉を失っていると、隣のハルがそっとその剣を押し返した。
「侯爵、お願いです。私はあなたに感謝しています。罰など望んでいません」
私が腰を折り目を合わせると、侯爵は静かに涙をこぼした。
「本当に……申し訳ございません。お父上にも、お母上にも……合わせる顔がございませぬ」
「侯爵。私は感謝しています。神殿での日々は確かに地獄でした。ですが、そこで私はハルに出会って救われました」
そう。あの日々は無駄ではなかった。
私にとって、かけがえのない人と巡り会えたのだから。
ふとハルを見ると、顔を真っ赤にしていた。
「もしかして……お二人は、恋仲でいらっしゃるのかしら?」
侯爵夫人が微笑むと、私とハルは揃って視線を落とした。
「エルダールのような小国の王子が皇女様と恋仲など、恐れ多いこと。ですが……私は彼女を大切に思っています。叶うなら、そばにいたい」
ハルの真剣な声に、胸が大きく鳴った。
素直に嬉しくて、私も彼を大切にしたいと思った。
「殿下。それは——たとえ皇女としての立場を取り戻せなかったとしても、変わらぬお気持ちですか?」
「もちろんです。私が出会ったのは皇女ではなく……“彼女”ですから」
その言葉に、空気が静かに揺れた。
「そうですか……では、この後の話は殿下もご同席ください」
「わかりました」
その後、私たちは帝国の現状と、これからの過ごし方について侯爵から説明を受けることになった。




