突然の報せ
side ハル
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
祝宴が終わったあとも、胸の内に残る温もりは消えなかった。
──あの光景は、忘れられない。
会場に無数の灯火が満ちていく美しさもそうだが、隣で揺れる炎に照らされた“彼女”が誰よりも輝いて見えた。
周囲のざわめきも、視線も、祝辞も遠くなるほどに。
ただ彼女の横顔だけが鮮烈で、胸の奥が締めつけられていた。
だが、同時に今日の自分の不甲斐なさにため息がこぼれた。
(……綺麗だと、どうしてあの場で言えなかったのだろう)
入場の時、彼女の手は軽く震えていたのに…気の利いた言葉も言えず、パーティー中も一人にしてしまった。
要領よくこなせない自分が腹立たしかった。
祝宴を終え、国王と共に夜気の冷たい廊下を歩く。
外は一面の銀世界。
静寂が疲労を和らげ、余韻がまだ胸を温めていた。
──その時だった。
遠くから駆ける足音が響き、衛兵がひざまずいた。
「こ、国王陛下……緊急の届けにございます!」
国王が立ち止まり、眉を寄せる。
「……帝国からか?」
差し出された封書の封蝋には、見慣れぬ紋章。
赤地に黒い双頭の鷲──セレスティア帝国だ。
その一瞬で、空気が張りつめた。
父王は封を切り、静かに文面を読み進める。
やがて、低く笑った。
喜びでも怒りでもない、政治家の笑みだった。
「ハル。お前に、初めての“公務”ができたようだ」
「……公務、ですか」
「帝国が建国記念の式典を開くらしい。諸国から王族・貴族を招くという。
そしてそこに、エルダールの王族を招きたいそうだ。新たな王太子として行ってきなさい」
建国祭。
セレスティア帝国。
その二つの言葉が耳に入った瞬間、胸の奥が鋭く疼いた。
(エリシアが聞いたら……どう思う)
思考より先に、彼女の顔が浮かぶ。
不安も、恐怖も、避けてきた過去も──全部。
そんな俺の動揺を見透かしたように、国王は続けた。
「この機会に、帝国との関係を修復したい。……セラ嬢も同行させてはどうだ」
「……え?」
「帝国での公務に出るなら、王太子としてパートナーを伴うのが自然だ。
"聖女セラ"として同行してもらえば良かろう。
同盟国の王太子のパートナーという立場なら、帝国も危害を加えまい。
護衛もつける。問題はない」
言葉が落ちた瞬間、空気がひやりと冷たくなった。
──帝国へ。
あの国へ、彼女を連れて行く。
避けられない道だと、頭では分かっていた。
だが胸の奥では、どうしようもない反発がざわめく。
そんな俺を見ながら、国王は目を細め、重く言った。
「……あまり言いたくはないが、お前を次の王に推したい者たちの間で、婚約者の話が出ている。
“セラ”では王妃にできぬ。
だが──皇女ならば話は別だ。お前の立場も揺るぎないものになるだろう」
その言葉は王太子としての現実だ。
国王にとっても、エルダールにとっても、それが最も堅実な未来であることも分かっている。
だが──心が拒絶した。
「……彼女を、政治の道具にしたくありません」
思わず出た言葉に、国王がわずかに目を見開く。
「一度……本人の意思を聞かせてください。
国のためではなく、彼女自身のために」
静まり返った廊下で、国王はしばし俺を見つめ──
ふっと穏やかに笑った。
「その目は……お前の父にそっくりだ。
好きにするといい、ハル。
後悔のない選択をしなさい」
それは国王としてではなく、“家族”としての言葉だった。
その響きは、不思議と胸に染みた。




