私の居場所
それに――ハルは、私がいつまでも隣にいていい人ではない。
彼が力を得ていくほど、いずれは高位貴族の令嬢と縁を結ばなくてはならない。
国王は私を“皇女”としてセレスティアへ戻し、そのうえで嫁いでくれればと考えているのだろう。
けれど仮に皇女として帰れたとしても、そこからエルダールへ嫁ぐという選択肢が与えられる保証など、どこにもない。
直系の唯一の生き残りである私を、帝国が簡単に外へ出すはずがないのだ。
連れ戻された瞬間から、皇位継承をめぐる争いに嫌でも巻き込まれていくだろう。
今の穏やかな生活が続けばいい――そう願ってしまう自分がいる。
でも、それが続かないことを私は誰より知っている。
現実から目を逸らして幸福に浸れるほど、私の人生は甘くなかった。
いずれ必ず向き合う時がくる。
セレスティアに帰る日が。
それがどんな形で訪れるのか――国王が機会を作るのか、ノアが迎えに来てくれるのか、それとも全く別の事情か。
もし、ノアが約束を覚えていて、ある日私を迎えに来てくれたのなら……私はどうするのだろう。
以前の私なら迷わず喜んで飛びついたはずなのに、今はどこか胸の奥がざわつく。自分でも説明できないほどに、複雑な気持ちが渦巻く。
気分が重くなってきて、少し休もうと歩き出した、その時だった。
不意に腕を掴まれる。
「セラ嬢ではございませぬか?」
振り返ると、小綺麗に身なりを整えた初老の男と、その妻らしき婦人が立っていた。
確かリストにあった――アルガイン子爵だ。
「はい。私で間違いございません。アルガイン子爵様でいらっしゃいますか?」
私が静かに問い返すと、男は掴んだ手を慌てて離し、少し額に汗を滲ませながら深々と礼をした。
夫人のほうは私を値踏みするようにするりと視線を滑らせ、すぐに上品な微笑みを貼りつける。
「これは失礼、私はカイン・アルガインと申します。こちらは妻のヨーベルです。西の方で領主を務めております。姫君のご活躍はかねがね…一度お話をしたいと思っておりました」
「そう…ですか」
言葉を返すと同時に、相手の目が一瞬だけ光った気がした。
獲物を見つけた時のような、期待と打算の混ざった色。
夫人は扇子を広げ、口元を隠しながら甘く笑う。
「よろしければワインをお持ちしますので、あちらでゆっくりと…」
爵位を持たない私には、誘いを断る理由も権利もない。
夫人から差し出されたワインを受け取り、少し離れた席へと移動した。
「実は、我が家には娘がおらんのです。ずっと妻と“娘がいれば”と話しておりまして」
「そうなんですのよ」
夫人は扇子で口元を隠しながら、上品な笑みを浮かべる。
(ああ――そういうことね)
王太子となるハルと特別な絆を持つ私を、爵位が無くとも家に迎えたいと考える貴族は多い。
おそらく子爵は、私を養女として子爵令嬢にし、将来的にハルの婚約者候補として名乗りを上げさせるつもりなのだ。
「子爵家の令息は優秀だと伺っておりますわ。そのようなお悩みをお持ちとは、存じ上げませんでした」
社交辞令で微笑んでみせる。
もし私が本当に“セラ”でしかなかったなら、喜んで受け入れていたかもしれない。
でも私はエリシア。父と母以外を“家族”と呼ぶつもりはない。
それに国王が許すわけもない。
当たり障りなく返事を続けているうちに、子爵夫妻は満足そうにその場を去っていった。
しかしその後も話しかけてくる者は途切れない。
息子の妻にと考える者。
養子になればハルとの婚姻も夢ではないと、遠慮なく囁く者。
皆、私を“人”ではなく“利益”として見ていた。
「……疲れた」
ようやく解放され、逃げるように庭園へ出る。
寒空の下、カップルたちが身を寄せ合い、それぞれの時間を過ごしている。
(どこにも……居場所なんてない)
少しだけ期待していた。
聖夜の祝宴――家族や恋人、大切な人と過ごす日。
綺麗なドレスを着て、華やかな会場で、ハルと楽しく過ごせたらと。
でも、どんなに居心地が良くても、ここは異国。
ともに祝う家族もいない。
こんな日に私が居場所を持てるはずがない。
思い上がりもいいところ。
(……寂しい、な)
その瞬間だった。
ふわりと、後ろから温かな腕が私を包む。




