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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
エルダール編

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聖夜の祝宴

 神殿が主催する祭礼はすべて廃止されたが、聖夜の祝宴だけは、例外として残されることになった。


 もとは“神ルクシオンの降誕祭”として始まった祝祭。

 だが時代とともに神意は薄れ、今では一年の終わりに大切な人たちと集い、感謝を伝え合う夜へと変わっている。


 近年は神殿ではなく王宮が主催していることも、存続を許された理由の一つなのだろう。


 そして今年、その祝宴で最も注目される存在は、来春に王太子へと任命されるハルだ。

 彼の隣に立つ者——その役目を務める私は、胸の奥にどうしても不安が残っていた。


 この国で爵位を持たない私が、次代の王太子の隣に立つことを快く思わない者もいるだろう。

 私がその場に立つことで、彼の立場を揺るがすようなことだけは……絶対に避けたい。


 だからこそ、せめて私にできるのは“相応しい装いと振る舞い”をすることだけ。

 短く息を整え、鏡に映る自分を見つめる。


 神殿を出てから染め変えた淡い桃色の髪。

 まだ見慣れないけれど——これがいまの私、“聖女セラ”の姿だ。


「ハル様から贈られたドレス、とても素敵ですね」


 髪に櫛を通しながら、サーシャが弾む声で言う。

 彼女の明るさに、ふっと肩の力が抜けた。


「そうね」


「きっと誰もがセラ様のお美しさに見惚れてしまいますわ」


「もう……サーシャ、お世辞が上手になったわね」


「お世辞じゃありません! セラ様はまるで女神様が地上に降り立ったようです!

 ハル様と並べばもう……天上人みたい! 私の“推し”なんですから!」


 “推し”の意味はよく分からないが、

 ハルが天上人のようだという点だけは、否定できなかった。

 出会った日、私も彼を“神の化身”のように感じたのだから。


「とにかく! 今日はハル様がセラ様から目を離せないくらい、完璧に仕上げますからね!」


 サーシャは腕まくりする勢いで張り切り、

 その気迫に思わず小さく笑ってしまう。


 ——今日は、初めてエルダールの王侯貴族が集う場に出る日。

 そんな日に彼女がそばにいてくれることを、私は心からありがたく思っていた。


「ありがとう、サーシャ」


 不意の言葉に彼女は目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを返してくれた。


 彼女の手によって髪も装いも完璧に整えられ、

 最後にハルの瞳と同じ淡い青の宝石を胸元につける。


 控え室で待っていると、扉を叩く音が響いた。


「すまない、待たせた」


 振り向いた瞬間、思わず息を飲む。

 白を基調としたエルダール王族の正装をまとったハルは、やはりこの世のものとは思えぬ気品を纏っていた。


「ハルは……今日も、綺麗だね」


 口にしてから気づく。

 “綺麗”なんて、男性に対して失礼だったかもしれない。


 ハルはほんのわずか視線を落とした。


「……あ、えっと……かっこいいよ!」


 慌てて付け足すと、ハルは余計に微妙な表情になり、


「……行くぞ」


 とだけ言って、先に扉を出てしまった。


(……ごめん)


 小さく心の中で呟きながら後を追うと、

 入場口には国王陛下が立っていた。


 慌てて礼をすると、王は穏やかに目を細めた。


「今日もお美しいですな、セラ殿」


「恐縮です、陛下」


「聖夜の祝宴だ。どうか、そなた自身も楽しむとよい」


 その温かな言葉に胸がじんわりと熱を帯びる。


 やがて入場の時刻となり、差し出されたハルの手にそっと手を重ねる。


 顔を仰ぎ見る。

 けれど彼の金の瞳は前だけを見据えていた。


 ——なんだか、いつもより遠い。


 先月、ドレスを一緒に見に行った時は当日が楽しみだと言ってくれたのに……それからあまり会っていなかったし忘れていても仕方ないのだけど、少し寂しかった。



「国王陛下、並びに王子殿下、聖女セラ様——ご入場!」


 扉が開くと同時に声が響き、

 無数の視線が一斉に私たちへと注がれた。


 嫉妬、賞賛、下心、好奇。

 絡みつくような視線が空気を重くする。


 その瞬間、ハルが低い声で囁いた。


「……俺のそばを離れるな」


 その声音に、胸が少しだけ温かくなる。

 私はこくりと頷き、隣を歩いた。


 けれど社交の場とは、そう甘くはなかった。


 次々と挨拶に訪れる貴族たちに囲まれ、国王もハルも人波に飲まれ、あっという間に姿が見えなくなった。


 気づけば私は——ひとりだった。


「……ふぅ」


 シャンパンを口に含む。

 幼いころから皇太子宮で隔離され、神殿ではあの扱いだった私に、賑やかな人混みはどうにも慣れない。


 苦味のある泡が喉を通った瞬間、少しだけ頭がぼんやりした。

 そのまま隠れるように壁際へと移動した。


 ふと視線を向けると、会場の中央でハルが令嬢に囲まれている。


 ——当然だ。


 来春には王太子となる王子。

 婚約者がいないとなれば、どの家も必死になるだろう。


 それに今日は聖夜の祝宴、誰しも恋人を見つけたい、そんな夜だ。


 そんな光景を見ながら、胸の奥に芽生えつつある“黒い感情”から、私は必死に目を逸らした。


 見てはいけない。

 自分でも、認めてはいけない。


 ——そんな気がした。


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