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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
神殿編

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神罰

 重厚な鉄扉が乱暴に閉められ、その向こうで鍵が回される音が響いた。

 ギリ、ギリ……と金属が軋む鈍い音が止むと同時に、扉の隙間から漏れていたわずかな光さえ完全に断たれ、部屋は闇に沈んだ。


「……出して……! お願い、ここから出して!」


 叫んでも叫んでも、返事はない。

 拳で扉を叩くたびに、乾いた音が牢に虚しく響くだけだった。

 皮膚がじんじんと赤く腫れ、喉は叫び過ぎでひりつく。


 ――誰も来ない。


 その現実が、じわじわと胸に染み込んでいく。


「無駄な行動は止めろ」


 暗闇の奥から、不意に静かな声がした。

 耳がその響きを捕らえた瞬間、少しだけ息が震える。


 目を凝らすと、壁際の影が動いた。

 そこに、膝を抱えたハルが、まるで重みに押されるように俯いて座っていた。


「……ハル……?」


「声を張り上げたって、誰も来やしない。

 それどころか、騒げば罰が伸びる」


 抑揚の薄いその声には、怒りも、嘆きも、慰めもなかった。

 あるのはただ、長い年月をかけて染みついた“諦め”という色だけ。


 その諦めは、彼がこれまでもこのような罰を受けてきたことを何よりも雄弁に物語っていた。


「罰って……私、祈りを少し止めただけよ……? サーシャを庇っただけで……」


「神の御前で“それだけ”。

 それがどれほどの罪か、まだ分からないのか」


「でも……あれは事故で――!」


「言い訳も叫びも意味はない。

 あるのは結果だけだ。

 俺たちは“秩序”を乱した。ただそれだけだ」


 闇に慣れ始めた目が、彼の横顔を捉える。

 頬には細い傷跡が走り、乾いた血が薄く残っていた。


「……感情を捨てろ」


「どうして……そんな……」


「ここでは感情こそが命取りだ。

 怒りも、悲しみも、正しさも……全部お荷物だ。

 考えるな。体力を温存しろ。

 時間が過ぎるのをただ待てば、いずれ出られる」


 言葉は冷たかった。

 けれどその奥に、微かな震えが混じっているのを私は聞き逃さなかった。


「……まあ、死んだ方が楽かもしれないけどな。

 でも死ねない。神がそれを望まないから――そういう理屈だ」


「そんなの……」


 喉が痛む。胸が締めつけられる。

 どうしてそんな当たり前のように、自分の命を軽く扱えるの……。


「死んでいい人なんていないわ」


 ようやく絞り出すようにそう告げると、

 ハルは薄く笑い、ゆっくりと顔を上げた。


「綺麗事だ。

 誰しも誰かの大切な人、なんて幻想だ。

 ……少なくとも、俺にはそんな“誰か”はいなかった」


「……」


「父も母も、国も、民も――

 誰一人として、俺を必要としなかった」


 その瞳が闇の中でかすかに光り、

 それは神子としての金色ではなく、

 ひどく人間的な、深い痛みを抱えた色だった。


(どうして……どうしてこの人がこんなふうに……)


 堪えきれず、膝を抱えると涙がこぼれた。

 この牢の冷たさより、

 彼がずっと孤独の底に沈められてきた事実の方が

 胸に鋭く突き刺さった。


「……ハル、あなたは今、ここに“いる”。

 いま、ここで私と話してる」


「それが何になる」


「私はそれだけで救われてる。

 あなたがここに居てくれるだけで……。

 私はハルを必要としている」


 その言葉に、ハルは視線を伏せた。

 しばらく、重く長い沈黙が落ちる。


 やがて――彼は小さく息を吐いた。


「……馬鹿なやつ」


「それ、もう何回も聞いたよ」


 少し張り詰めた空気が和らいだ気がして、

 思わず小さく笑うと、ハルも僅かに唇を歪めた。

 皮肉ではない。

 ほんの一瞬だけ、彼の表情が人間らしく緩んだ。


「神子候補にされて生き延びた者は、この十年で一人もいない。

 ……お前も例外じゃない」


 その呟きには、残酷な現実と、

 それを口にせざるを得ない苦さがにじんでいた。


「せいぜい足掻くんだな」



―――――――――――


 その夜、光も水も食も与えられないまま、二人は背中合わせに座り、沈黙を分け合った。


 冷たい石の床が、体温を容赦なく奪っていく。  外はそんな凍えるような気温ではないはずなのに、牢内はひどく寒く感じた。


 触れ合った背中だけには、ほのかだけど確かな温度を感じる。それだけが救いだった。


 五日間、水も糧も奪われたまま祈りを捧げる。

 それが神殿の定める“禊”の罰。

 人は三、四日で水が無ければ死ぬ。

 つまりこれは、限りなく死刑に近い。


 その中で生き延びられたのであれば、神の許しを得たとされる。

 全くもって馬鹿げた考えだ。


 けれど――


(……不思議ね。怖くない)


 暗闇の中で、そっと目を閉じる。


 誰かがここにいてくれる。

 それがただそれだけで、こんなにも救われるなんて。


 地獄のような五日間が始まろうとしているのに、私はひとりぼっちではなかった。


 それだけで、胸が少し温かくなるのだった。


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