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決意の焔

side ノア


⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


 エリシアの頬にまだ涙の跡が残る。

 ノアはその隣に座り、眠りに落ちた彼女の手を静かに握った。


焚き火が、かすかに爆ぜた。

 赤くゆらめく火の粉が宙を舞い、夜の静寂に溶けていく。


その傍らで、ノアはじっと座っていた。

 手の中の火の温もりが、ひどく遠く感じた。


 ――守れなかった。

 皇太子夫妻とレオン殿下の笑顔が頭に浮かぶ。

 自分の剣は、何の役にも立たなかった。


 ノアは拳を握りしめた。

 指の節が白くなるほどに、爪が皮膚を切り裂くほどに。けれど、それでも怒りは収まらなかった。


 向ける先がないのだ。あの夜の黒装束の襲撃者達、そして自分自身を呪いたくなるほどの無力さ。


 「……私は、何を守ったんだ」


 低く、焚き火に問うように呟く。

 炎は何も答えず、ただゆらめくだけだった。

 その揺れの中に、血に染まったあの夜の光景がちらつく。


 倒れ伏した兵士たち。

 煙。

 泣き叫ぶ少女の声。

 そして――最期に見た背中。


 ノアは目を閉じた。

 あのとき、もっと早く動けていれば。

 もっと自分が強ければ。

 彼女が家族を失うことも、帝国から姿を隠すことも無かった未来にできたかもしれない。


 だが現実は、ただ冷たく残酷だった。

 

 更にアルヴェイン家は地に堕ち、彼は罪を背負う者となるだらう。

 皇族を守れなかった者として、“名誉ある家門”から、“裁かれる一族”へ。


 ――それでも。


 ノアは決意を確認するように馬車に戻った。

 焚き火の光が、ふとエリシアの寝顔を照らした。泣き腫らした目の下に、小さな影ができている。

 彼女の手は、夢の中でも何かを掴もうとするように微かに動いていた。


 その姿を見た瞬間、ノアの中で何かが静かに決まった。


 「……もう、誰も奪わせない。」


 声はかすかだったが、確かだった。彼女を失う痛みを二度と味わいたくなかった。

 どれほど帝国が腐っていようと、

 どれほど多くを敵に回そうと――構わない。


 「必ず取り戻します。貴女の居場所も、未来も」


 炎が彼の瞳を映した。その中に、迷いはもうなかった。

 夜風が頬を撫で、木々が静かに揺れる。

 遠くで狼の遠吠えが聞こえた。

 その音に、ノアは目を閉じ、深く息を吸った。


 明日になれば、また旅は続く。

 その先に何が待とうとも、進むしかない。

 ――彼女の笑顔が戻る、その日まで。

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