決意の焔
side ノア
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エリシアの頬にまだ涙の跡が残る。
ノアはその隣に座り、眠りに落ちた彼女の手を静かに握った。
焚き火が、かすかに爆ぜた。
赤くゆらめく火の粉が宙を舞い、夜の静寂に溶けていく。
その傍らで、ノアはじっと座っていた。
手の中の火の温もりが、ひどく遠く感じた。
――守れなかった。
皇太子夫妻とレオン殿下の笑顔が頭に浮かぶ。
自分の剣は、何の役にも立たなかった。
ノアは拳を握りしめた。
指の節が白くなるほどに、爪が皮膚を切り裂くほどに。けれど、それでも怒りは収まらなかった。
向ける先がないのだ。あの夜の黒装束の襲撃者達、そして自分自身を呪いたくなるほどの無力さ。
「……私は、何を守ったんだ」
低く、焚き火に問うように呟く。
炎は何も答えず、ただゆらめくだけだった。
その揺れの中に、血に染まったあの夜の光景がちらつく。
倒れ伏した兵士たち。
煙。
泣き叫ぶ少女の声。
そして――最期に見た背中。
ノアは目を閉じた。
あのとき、もっと早く動けていれば。
もっと自分が強ければ。
彼女が家族を失うことも、帝国から姿を隠すことも無かった未来にできたかもしれない。
だが現実は、ただ冷たく残酷だった。
更にアルヴェイン家は地に堕ち、彼は罪を背負う者となるだらう。
皇族を守れなかった者として、“名誉ある家門”から、“裁かれる一族”へ。
――それでも。
ノアは決意を確認するように馬車に戻った。
焚き火の光が、ふとエリシアの寝顔を照らした。泣き腫らした目の下に、小さな影ができている。
彼女の手は、夢の中でも何かを掴もうとするように微かに動いていた。
その姿を見た瞬間、ノアの中で何かが静かに決まった。
「……もう、誰も奪わせない。」
声はかすかだったが、確かだった。彼女を失う痛みを二度と味わいたくなかった。
どれほど帝国が腐っていようと、
どれほど多くを敵に回そうと――構わない。
「必ず取り戻します。貴女の居場所も、未来も」
炎が彼の瞳を映した。その中に、迷いはもうなかった。
夜風が頬を撫で、木々が静かに揺れる。
遠くで狼の遠吠えが聞こえた。
その音に、ノアは目を閉じ、深く息を吸った。
明日になれば、また旅は続く。
その先に何が待とうとも、進むしかない。
――彼女の笑顔が戻る、その日まで。




