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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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アルヴェイン公爵家

 目を開けると、薄い光がカーテン越しに揺れている。


 まぶたが酷く重い――。


 指先でそっと触れると、腫れぼったい感触が残っている。


「……泣いてしまったのね、私」


 掠れた声でそう呟いた。

 誰にも見せたくなかった弱さを、ハルの前で晒してしまった。


 ――情けない。


 皇女である前に、一人の少女に戻ってしまった。


 けれど、今日は公務だ。


 以前、招待を受けたアルヴェイン公爵家のティーパーティー。


 私はゆっくりと息を吸い、枕元の鐘を鳴らした。



 ――――――――――――――――

 

 皇都のアルヴェイン公爵邸に来るのは二回目だった。


 だけど、あの時はカーテンを閉め切った部屋で過ごしていたし、毒に侵されていたせいか記憶は曖昧であまり覚えていない。


 だから、今日が初めてと言っても過言ではなかった。


 アルヴェイン公爵家の庭園は、驚くほど穏やかだった。


 皇都の中心にあるとは思えないほど、空気が澄んでいる。


 陽光を受けた石畳が柔らかく光り、木立が風にそよぐ。


 ここには、争いも、策も、打算もないように見える。


 それでも、心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえた。


「殿下、こちらへどうぞ」


 案内する侍従の声に頷き、バルコニーへ続く階段を上がる。


 そこでは、アルヴェイン公爵夫人であるレイリアが出迎えてくれた。


 上品な緑色のドレスに包まれたその姿は、華やかでありながら柔らかい。

 気品と温かさを兼ね備えた微笑みに、思わず背筋が伸びる。


「殿下。お顔を見られて本当に嬉しいですわ」


「お邪魔しております、レイリア様。

 お招きに感謝いたします」

 

「貴女の帰還を聞いてから、ぜひお会いしたいと思っておりましたの」


 そうして、案内された円卓の周りには同年代の令嬢たちが座っていた。

 その中に見覚えのある顔がいくつかあった。


 そして、淡いミント色のドレスに身を包み、明るい瞳を輝かせて立ち上がった少女が私に笑いかける。


「エリシア皇女殿下!」

「ステラ公女……」


 ノアの妹――ステラ・アルヴェイン。

 彼女は屈託のない笑顔で、駆け寄ってきた。


 その無邪気さが、少しだけ眩しい。


「またお会いできて嬉しいです!」

「ありがとうございます」


 自然と頬が緩む。


「兄様が領地に戻った時に、殿下のお話を沢山聞きました」


「……そうですか」


 小さく微笑んでみせるが、胸の奥では波が立った。

 ノアの名前を聞くだけで、動揺してしまう。


 私の動揺を感じ取ったのか、ステラはそっと私の手を握った。


「殿下、後から少しだけお庭をご案内してもいいですか?」


「ええ、喜んで」


 ティータイムが一段落すると、ステラが嬉しそうに身を乗り出した。

 

「母上、殿下に庭園を案内してもよろしいでしょうか?」


 レイリアも微笑んで頷く。

 

「ええ、行っていらっしゃいな。

 殿下、その後に少しお時間を頂けますか?」


「はい、もちろん」


 私は軽く礼をして立ち上がる。


 ステラに導かれて向かった庭園の奥には、白い花が咲き誇っている。

 バラ、ユリ、アナベル、そしてガーデニア。

 

「兄様が世話をしていたんです。

 殿下が白い花が好きだからと」


 ステラの声には誇らしさが滲んでいた。


 白いバラの花びらが風に揺れ、光を透かして輝いている。

 私はそっと一輪に触れた。

 指先に伝わる柔らかさと、かすかな香り。


 その瞬間、胸の中にあたたかなものが滲んだ。

 優しい時間が、確かにここには流れている。


 心を締めつける出来事も――この場所では少し遠くに感じられた。


 何だか喉の奥が熱くなり、視界が滲む。


 ステラがそっと私の袖を引く。

 

「殿下……?」

「ごめんなさい。

 少し、眩しくて」


 無理に笑顔を作り、空を仰ぐ。

 青空は限りなく穏やかで、まるでノアの瞳の色そのものだった。

 それがかえって胸を締めつける。


「殿下、中に入りましょう」


 ステラは明るい笑みを浮かべながら、軽やかに私を屋敷の中へと案内してくれた。


 外観からして見事な造りだったが、内側に一歩足を踏み入れると、その静謐な空気に思わず息を呑む。

 

 磨き抜かれた大理石の床、壁に並ぶ古き当主たちの肖像、そして手入れの行き届いた廊下の絨毯――

 どれもが、この家が歩んできた長い年月と、そこに息づく誇りを語っていた。


「うちの家は古くて、目新しさは無いかと思いますが……」

 

 ステラは少し頬を染めて笑った。

 年頃の令嬢らしい、どこか自分の家を恥じらうような声音。


 私は微笑みを返しながら、胸の奥に静かな敬意を抱いた。


「とても立派で、美しい邸宅です。

 これほどまでに伝統を感じられる建物は、帝国でもそう多くは残っていないでしょう。

 確か六代前の当主様が、皇帝陛下から直々に下賜されたと伺いました。

 皇室との信頼の証――まさに帝国の礎のひとつですわ」


 私がそう口にすると、ステラの目がまん丸になった。

 

「さすが皇女殿下です。

 よくご存知ですね!

 古いですけれど……これは私たちの歴史なんです。

 これからも大切に守っていこうと思っています」


 その素直な笑顔に、胸が温かくなった。

 この家がただの名家ではなく、人の手と心で守られてきた場所なのだと分かる。


「今は母屋に母と私と妹のシャーロットが住んでいて、兄はほとんど離れの方にいます」

 

「当主なのに?」

 

「はい。兄は家族に気を遣っているのです。

 長い間アカデミーにいましたから。

 それに……夜中にこそこそと出て行くことも多いので」

 

 ステラは唇を押さえて、いたずらっぽく笑った。

 

「兄も年頃の男性ですものね。

 離れの方が都合がいいのかもしれません」


 その言葉に、胸が痛む。

 ノアがこっそり動いている理由を私は知っている。

 彼は誰よりも帝国の闇と向き合っている。

 その苦労を、きっと家族には悟らせまいとしているのだろう。

 

 私は咳払いをしてノアの苦労に同情した。


 するとステラは話題を変える。


「殿下は兄のことに興味はおありで?」

「興味?」

 

 突然向けられた質問に私はきょとんとした。

 

「私と仲良くしてくださる方のほとんどは兄狙いなので。

 殿下がセラ様として滞在されていた時も最初はそうかと思っていました。

 でも兄のことを自分からはほとんどお尋ねにならなかったので」

 

「ノアは人気ですものね」

 

「兄は……ずっと縛られてきました。

 アルヴェイン家の嫡男として生まれたからには仕方がないことですが、せめて――パートナーとは心から笑いあっていて欲しい。

 爵位や外見だけで近づく令嬢には、兄を渡したくありません」


 ステラの真剣な眼差しに、胸の奥がじんと熱を帯びた。

 

「本当に、ご家族思いなのですね」

 

 ステラは照れたように頬を掻いた。

 

「少し話しすぎました。

 こちらで少しお待ちくださいませ。

 母を呼んで参ります」

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