盟友
初夏の陽射しは、残酷なほど明るい。
皇太子宮の庭園に出れば、新緑の匂いと、噴水の水音を感じる。
磨き上げられた石畳の照り返しが眩しくて、思わず瞬きをした。
世界は、何事もない顔で輝いている。
――少し前に、あんなことがあったというのに。
「殿下」
隣でカインが小さく声を落とす。
「北方諸国の使節団が陛下との謁見に向かったそうです」
「では、そろそろ向かいましょうか」
今日は寒波被害を受けた北方諸国が、帝国に支援のお礼を伝えに来ている。
お礼はついてで、皆それぞれに何か別の用があるのだろうが、今回、その一団を出迎えるのは私の役目だ。
表情を整え、姿勢を伸ばす。
今日の私は、完璧な淑女である皇女エリシア。
そこに個人的な感情は、必要ない。
皇帝との謁見を終えた使節団を庭園で出迎えると、その列の先頭に見覚えのある姿を見つけた。
その瞬間、胸の奥がふっと緩む。
陽光にキラキラと輝く白銀の髪。無駄のない身体と長い手足。
一際目立つその容姿の主はエルダール王国の王太子、ハルだ。
彼は礼をとり、顔を上げる。
「エリシア」
綺麗な唇が弧を描き、あの金色の瞳と視線が真っ直ぐにぶつかる。
「相変わらず綺麗だな」
周囲がほんの少しざわめく。
外交の場で許される範囲ぎりぎりの軽口に、私は思わず微笑む。
「ハルも変わないね」
思っていたよりも柔らかい声が出た。
自分でもわかる。
彼がいると少しだけ、息がしやすい。
その後、私は帝国の代表として、使節団をもてなした。
雨季の前の爽やかな気候を楽しんで欲しくて、会場は庭園を選んだ。
場が進み、乾杯と形式的な挨拶が一巡する。
白い皿に盛られた料理は鮮やかで、鮮やかな果実酒が更に色を添える。
私は主催者として会話の中央に立つ。
満遍なく話題を振り、頷いて微笑む。
皇太后や皇姉のことが悟られないよう、何事も無かったように振る舞わなければならない。
「帝国は相変わらず堅苦しい」
それぞれの会話に花が咲き始めた頃、いつの間にか隣に立っていたハルが、軽く肩をすくめる。
「慣れたらそんなことないよ」
私はグラスを持ち直しながら言う。
「慣れたくないな、それは」
彼の変わらない飄々とした態度に思わず笑ってしまう。
「それより、思ったより早く会えたね」
「誰かさんが招待してくれたからな」
懐かしい軽い応酬。
少しの沈黙の後、ハルの声が少しだけ低くなった。
「何かあったか?」
鼓動が、ひとつ強く打つ。
「どうして?」
「笑い方が違う。
それに顔が疲れてる」
彼の金色の瞳が私を捉えて離さない。
探るのではない。
責めるのでもない。
ただ、優しく見守るような視線。
だけど、言えない。
言うわけにはいかない。
他国の王太子である彼に皇宮の内部で起きた事件のことを。
私に好意を寄せてくれていた彼に、ノアと上手くいっていないことも。
「何それ、レディに言う言葉?」
微笑みを崩さずに返す。
「だけど、確かに。
少し疲れているのかも」
嘘ではない。
全部は言っていないだけ。
ハルはしばらくの間、何も言わなかった。
彼は私が何かを隠していることに気付いても、無理には踏み込まない。
「ならいいけど……。
明日の夜、会えないか?」
「明日の夜?」
「話したいことがある」
「分かった。
明後日は大事な公務があるから、遅くまでは難しいけど」
「じゃあ翌日に響かない程度に、だな」
彼の提案に私は笑って頷く。
皇女として作った微笑みではなく、自然に溢れる笑み。
こんな感じは久しぶりだ。
ハルといると胸の奥の強張りがほどける。
その時、視線の端にノアの姿が見えた。
庭園の外縁で警備責任者として、周りに指示を出している。
視線は冷静で、隙がない。
――あの夜から、ノアとは業務に関わること以外でちゃんと話をしていない。
彼を遠ざけたのは、私だ。
ただ、レオンの側近へと配置を変えただけ。
会おうと思えばいつでも会えるし、話そうと言えばいつでも話す場は作れる。
だけど、私が彼を拒絶した。
ノアの視線が一瞬、こちらに向く。
ぶつかる前に、私は視線を逸らした。
これでいい。
これでいいはず。
だって、ノアのそばにいると辛くなるから。
なのに、胸の奥がひりついた。
「エリシア」
ハルの声が耳元で響いてハッとする。
「無理はするなよ」
私は横目で彼を見る。
「無理をしない皇族など、存在しないわ」
「そういう答えをすると思った」
彼は苦笑する。
「でもな。俺の前では無理しなくていい」
その言葉が、優しく胸に落ちる。
(やっぱり、ハルはズルい)
噴水の水が、陽を弾いてきらめく。
庭園には穏やかな時間が流れ、使節団の笑い声が混じる。
世界は、明るい。
……眩しすぎるほどに。




