彼女の隣
side ノア
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幽閉先の北の棟で皇帝陛下の姉であるサラが自死。
第一発見者はエリシア皇女殿下。
その報せが届いたのは、宮廷に着いてすぐのことだった。
ノアはすぐに現場へと向かった。
石造りの廊下は冷え、足音がやけに大きく響く。
扉の前に立つと、近衛が敬礼した。
部屋は静まり返っている。
窓辺の椅子に、サラは座ったままだった。
血の気ない穏やかな顔に、毒の小瓶。
何があったかは一目で分かる。
そして、そこから少し離れた位置に、エリシアが立っていた。
背筋を伸ばし、表情を崩さず、まっすぐ前を見ている。
泣いても、震えても、目を背けてもいない。
何にも動じないその姿は完璧な皇女の姿だ。
だが、親しくはないにしろ、関係性のある人の死を目の前にして、この冷静さ。
以前の彼女なら、少しは動揺していたはずだ。
何がここまで、彼女を強くしてしまったのか。
ノアは心が痛むのを感じた。
「殿下」
ノアが一礼すると、彼女はゆっくりと振り返った。
「アルヴェイン公爵、早朝からお疲れ様です。
今朝、サラ様から手紙を受け取って訪ねた所、既に息を引き取られておりました」
感情のこもっていない淡々とした口調。
「恐らく自害なされたのだと思いますが、何者かが毒物を持ち込んだはずです。
警備体制の確認と、毒物の入手経路を洗ってください」
「はい」
なんの異議もない完璧な命令に即答したが、視線は彼女の表情を探る。
「殿下にお怪我は」
「無いわ」
その返事に以前のような気安さはない。
いつからか彼女は、ノアに何も預けなくなってしまった。
弱さも、迷いも。
「殿下に怪我がなくて良かったです」
ノアの言葉に、彼女はほんの少しだけ目を細めた。
まるで傷ついたような懐かしむようなそんな表情。
けれど、それも一瞬で消える。
「私は大丈夫です。
それよりもやるべき事を優先してください」
感情よりも責務。
当たり前の言葉だ。
だけど、心配すらもさせて貰えない拒絶に、胸のどこかが冷える。
「承知しました」
「では、私は陛下の元に報告に行ってまいります」
「……無理はなさらぬよう」
ノアの言葉に、彼女はわずかに微笑む。
「ありがとう。
でも、無理はしていないわ」
静かな声に、手を伸ばしても届かない高さの壁を感じる。
エリシアは部屋の奥にいるカインに声をかけた。
親族を亡くした彼を思いやるような表情。
彼がこの場にいるということは、早朝から彼女と執務室に居て、共にこの場に来たのであろう。
そこは、かつて自分がいた場所。
見ていられなくて、視線を逸らす。
彼女が遠い。
同じ皇宮内で同じ事件を前にしているのに。
何も共有されない。
心配すらさせて貰えない。
それが辛かった。
数日前、皇太后の事件について、ドゥーカス家の処分が決まった後に、エリシアが皇帝に直談判し、カインを守ったと聞いた。
子爵位への降格で済んだのは、皇女の保証があったからだと。
かつて、自分を攻撃した家門に対しての施し。
慈愛に満ちた彼女らしい行動だと思った。
そこに嫉妬しているわけではない。
ただ、同じ従者の立場だったカインは守られたのに、自分は何も聞かされず、相談も事前の言葉もなく、ある日突然、配置換えされた。
彼女が皇位継承権を手放したのだから、アルヴェイン公爵家の者として、皇子につくのは当然のこと。
頭では分かっている。
だけど、心にモヤモヤとした黒い感情が渦巻いた。
(私は、彼女の何だったのか?)
その問いが頭から離れなかった。
仕方がないことなのは分かっている。
だけど、たった一言、相談して欲しかった。
せめて、彼女の口から直接聞きたかった。
勝手に、そうしてもらえるだけの信頼関係が築けていると、そう思い込んでいた。
ノアは拳を握る。
感情を表情に出さないように耐えるのに必死だった。
彼女を守りたいという思いは変わらないのに、自分がアルヴェイン公爵家の者である限り、彼女のそばにいられない。
(一体、どうするのが正しかったのだろう)
現場検分を終え、廊下に出たとき、胸の奥に重いものが沈んだ。
北の棟の窓からは、灰色の空が見える。
季節は夏に向かっているのに、ここには冷たい風が吹いていた。




