表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

168/185

遺言

 発表から数日――

 皇都は静かに揺れていた。


 皇都では連日のように会合が開かれ、深夜まで灯りが消えぬ邸宅も珍しくない。


 革新派の筆頭が処罰を受けたのだ。

 波が立たぬはずがない。


 表向きは平静。

 だが、水面下では様々な思惑が交錯していた。


 私は通常の公務に加えて、ドゥーカス家が担当していた執務を引き受けることとなった為、ほとんど休む間もなかった。


 そんな折、一通の書状が届けられた。


 差し出された封筒は、封蝋とない質素な白いもの。


「北の棟より届いております」


 その一言で、胸がわずかにざわめく。


 差出人は、もちろんサラだった。


 封を切ると、薄い紙が丁寧に折られていた。

 筆跡は美しく、乱れは無い。


『カインを守ってくださったこと、感謝いたします。


 あなたは強い。

 私よりも、ずっと。


 けれど、どうか忘れないで。

 本当の黒幕は、貴女のそばにいます。』


 読み終えた瞬間、室内の空気が変わった気がした。


 そばにいるとは、誰のことを言っているのか。


 どこを探しても、名はない。

 その曖昧さこそが不穏だった。


「北の棟へ行くわ」


 カインが慌てて立ち上がる。


「私もお供します」


 北の棟は皇宮の敷地内の最奥、石造りの冷たい区画にある。


 棟の階段を登るにつれ、灯りが減り、足音だけが、やけに響く。


 窓は小さく、空は切り取られたように遠い。


 重い扉の前で番兵が一礼した。


「サラ殿に面会を」


「承知しました」


 鍵が回る音が、妙に大きく聞こえ、扉がゆっくりと開いた。


 薄暗い室内に、淡い光が差し込む。


 窓辺に置かれた椅子。


 そこに、白い衣をまとったサラは座っていた。


 まるで誰かを待っているかのように。


「……サラ様」


 返事はない。


 私は室内に一歩、踏み込んだ。


 床には銀の小瓶が横倒しになり、かすかな苦い匂いが漂っていた。


 心臓が、ゆっくりと冷えていく。


 彼女の元に近付くと、触れなくても、もう息がないことが分かった。


 サラの顔は穏やかだった。

 苦悶の痕跡はない。

 目は閉じられ、唇はわずかに弧を描いている。


 すべてを悟った者の顔だ。


 私はテーブルの上に置かれたもう一枚の紙をそっと、指先に力を込めて拾い上げる。


『私のようにはならないで』


 誰に向けられたメッセージなのかは分からない。

 だけど、その言葉が胸の奥に静かに沈む。


 窓の外では、灰色の空が広がっている。

 風が細く鳴り、北の塔の旗を揺らしていた。


 私はサラの顔をもう一度見つめる。

 掟に抗えず、大切な人を亡くし、そして自らの罪ですべてを失った人。


「……愚かな人」


 そう小さく呟いた。

 それは憐れみでも蔑みでもない。


 ただ、サラの人生を思うと、虚しかった。


 私もまた、同じ場所に立つ人間として他人事とは思えない。


 彼女の苦しみを思えば、この結末に納得してしまう自分もいる。


「どうすれば良かったのでしょうか」


 私の問いに答えてくれる人はもう居ない。


 もう少し、この人と話をしたかった。


 だけど、今はそんなことよりも……。


「すぐに医官を呼んでください」


 扉の向こうにいる番兵に声をかける。

 そして、そばで待っていたカインを呼んだ。


「もう息は無いですが、そばに行ってあげてください」


 私の言葉にカインは黙って頷いた。


 彼とサラの関係性がどのようなものだったのかは分からない。

 だけど、少なくとも私よりはそばにいるのに相応しい人間だと、そう思った。


 ふと、彼女が残した黒幕はそばにいるという言葉を思い返す。


 自分の身の回りの人間を疑いたくはない。


 けれど、一度持った疑念は簡単には消えなかった。


 誰だろう。


 カイン?

 いや、彼ならば事件当時、若すぎる。


 フローレンス公爵?

 あの人にそんな度胸があるとは思えない。


 ベネット家の人々?

 それなら私を最初から助けないだろう。


 皇帝?皇后?

 もしかして、アルヴェイン公爵家?


 そこまで考えて、頭を振る。


 これ以上、疑心暗鬼になるのは良くない。

 そもそもサラの言葉は嘘かもしれないのだから。


 しばらくして、番兵と共に医官がやってきた。

 サラの状態を確認し終えた医官は静かに首を横に振る。


 その様子にカインは何かを飲み込むように、目を伏せた。


「警備責任者に報告を」


 私は番兵に静かに命じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ