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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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恩情

 翌日の早朝――


 私は机に向かい、書類を捌いていた。


 同じ部屋で作業を進めるのはカイン。

 顔色は良くないが、その背は伸びている。


 執務室に差し込む陽光は白く、静かなのに容赦がない。


 祝宴の余韻は、もうどこにも残っていなかった。


「昨夜の各家の動きはどうですか?」


「概ね良好でございます。

 革新派も、表立った動きはありません」


 淡々と報告する声に、私は頷いた。


「レオンの初動としては上出来ね」


「殿下の采配があってこそですよ」


 そう言って、わずかに微笑む。


「ありがとう」


 今日の午後にはレオンが皇太子宮に入宮する。

 かつて、父が使っていた部屋を彼が使う予定だ。


 この静かな皇太子宮もこの朝で見納めとなるだろう。


 私は誰もいない庭園を目に焼きつけるように見つめた。


 ――そのとき。


 執務室の扉が強く叩かれた。


「失礼いたします!」


 近衛が息を切らせて入室する。


「申し上げます。

 陛下より正式通達が出ました」


 私は静かに顔を上げる。


「サラ殿下、皇太后陛下の毒殺未遂の罪で、皇族としての身分を保持したまま、北の棟へ終身幽閉となりました」


 その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がわずかに冷えた気がした。


 北の棟は皇族専用の幽閉区画だ。

 事実上の終身監禁となる。


 白い石壁の窓には鉄格子が嵌めてある。

 窓からは空しか見えない、皇族のための静かな牢だ。


 私は瞬き一つせずに、近衛を見た。


「併せて」


 その一拍が、やけに長い。


「ドゥーカス大公爵家は家格剥奪。

 爵位返上。領地没収――」


 机の上で、紙がかすかに擦れる音がして、カインの指先が、ほんのわずかに強張ったのが見えた。


 私はゆっくりと息を吸う。


「……確定なのね」


 自分の声が、少し低く響いた。


「はい。正午に公式発表とのこと」


 私は時計に目をやる。

 残された時間は凡そ四時間だ。


「下がりなさい」


 私の声で近衛が退室する。


 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


 すると、カインは立ち上がり、深く頭を下げた。


「殿下。

 これまでのご厚情、感謝申し上げます」


 声は落ち着いている。

 だが、その言葉の意味は明白だ。


 家が没落すれば、彼はもう貴族では無くなる。

 宮廷を去らねばならない。


「何を言っているの」


 思ったより強い声が出た。


 カインは悔しげに視線を伏せる。


「私はドゥーカスの人間です。

 処分は当然かと」


 今回の処罰。

 皇族への暗殺未遂なら当然の判断。

 というより、寧ろ甘いくらいだ。

 本来なら一族郎党、処刑でも有り得る。


 だが、サラは皇族だ。

 それ故に命を取るような処罰は与えられなかった。


 だけど、私の知る限りではこの事件にドゥーカス家の関与は確認されていない。


 となれば、ドゥーカス家への処罰は重すぎる気がする。

 明らかにここ五年で大きくなりすぎた革新派への牽制が含まれている。


 皇帝派としては当然の判断だ。


 私は甘すぎるのかもしれない。

 それでも、カインはこの半年、家よりも私に仕えてくれた。

 

「サラの罪はサラのもの。

 あなたは関与していない」


「ですが、血は」


「血は理由にならない」


 即答した。

 きっと、迷いがあれば、負けてしまう。


 けれど本当は、迷いがないわけではない。


 ――帝国の秩序か。

 ――一人の従者か。


 天秤は、ほんのわずかに揺れた。


 それでも。


「時間が惜しいので、私は今すぐ陛下のもとへ向かいます」


 その言葉に彼の顔がわずかに上がる。


 その目に浮かぶのは、驚きと、痛みだった。


「殿下、私にはそのようにして頂く理由がありません。

 我が家は殿下に何度も不義を働きました。

 報いを受けても施しを受ける訳には行きません」


「あなたはここにいなさい」


 私は彼の意見を聞き入れずに立ち上った。


 迷っている時間はないのだ。


 私は無礼を承知で、事前の約束も取り付けずに皇帝の執務室を尋ねた。


「エリシアか」


「陛下、ドゥーカス家の件についてお話がございます」


 皇帝は何も言わず、続きを促す。


「サラ様の罪は明白です。

 幽閉は妥当と存じます」


 まずは認める。

 感情論ではなく、秩序から入る。


「ですが、ドゥーカス家の関与は確認されていないはず。

 没落にまで追い込む必要はないのでは?」


「血筋は事実だ」


 低い声。


 揺るがない帝国そのものの声だ。


「血筋だけで切るなら、皇族も罪に問われるべきでは?」


 言った瞬間、空気が張り詰めた。


 自分でも、踏み込みすぎだと分かる。

 それでも、退けない。


 皇帝の目がわずかに細まった。


 それはそうだ。

 皇族と他の貴族を同列に扱っていい訳がない。


 だけど、私は彼を、自身の従者を守らなければならない。


「カイン・ドゥーカスは優秀です。

 彼の才能まで消すのは帝国の損失になるかと」


「……ほう」


「貴族としての地位を縮小し、監督下に置く形で存続を希望します。

 私が彼の保証人となります」


 皇帝はじっと私を見る。


「自らの名で担保するのか」


「はい」


 迷いは、表には出さなかった。


 もしここで躊躇えば、

 カインの未来は閉じる。


 数秒の沈黙がやけに長く感じる。


 やがて皇帝は小さく息を吐いた。


「……条件付きで認めよう。

 家格は大公爵から子爵へ降格。領地は縮小。

 当主をカイン・ドゥーカスとし、

 アルファルド、アドルフには蟄居を命ずる」


 胸の奥が、わずかに緩む。


「ありがとうございます」


「エリシア」


「はい」


「情ではないな」


「損失回避でございます」


 皇帝は薄く笑った。


「皇命を覆しに来るとは……強くなったな」


 その言葉が、どこか寂しく響いた。



――――――――――――


 執務室に戻って扉を開けると、カインが立っていた。


「条件付きですが、家名は残せます。

 家格は大公爵から子爵へ降格。領地は縮小されます。

 当主はカインが、父君と祖父君は蟄居となります」

 

 カインの目に微かな希望が宿る。

 次の瞬間、彼は深く膝をついた。


「殿下……」


「感謝は不要です。

 あなたは帝国に必要だから残しただけ」


 私情を削った皇女の声で言う。


 だが、その奥で思う。


 サラのした事は許されない。

 だけど、彼女もまた、帝国の掟に惑わされた人の一人。

 彼女の血筋は残したかった。


「これからが本当の試練です」


「はい」


 彼は顔を上げる。


 その表情は先程までとは違って、何かを決意した覚悟を決めた顔だった。


 そのとき、私はふと考える。


 北の棟に向かうであろうサラは今、何を思い、どんな顔をしているのだろうかと。

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