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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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祝宴の夜

 皇宮の大広間は、まるで昼のように明るかった。


 磨き抜かれた大理石の床には、揺れる灯りと色とりどりの礼装が映り込み、万華鏡のように輝いている。


 帝国の正統な皇子、レオンの帰還を祝う夜会は盛大に執り行われた。


 百を超える貴族家の当主と、その家族が招待され、帝国の“今”が、すべてここに集う。


 楽団が高らかにファンファーレを奏でて、重厚な扉がゆっくりと開く。


 階段の上に、帝国皇子の正装を纏ったレオンが姿を現した。


 純白の軍装に金糸の刺繍。胸元に輝く皇族章。

 背筋を伸ばし、まっすぐ前を見据えるその姿は、もはや幼い弟ではない。


 一瞬、広間の空気が静まり返ったが、彼が一礼した次の瞬間。


「レオン皇子殿下!」


 歓声が爆ぜる。


 拍手が波のように押し寄せ、幾重にも反響する。


 私は皇帝夫妻の隣に立ち、その光景を見つめていた。


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 レオンがゆっくりと階段を下りる。

 その足取りは迷いなく、堂々としている。

 途中で一度だけ、視線がこちらを向いた。


 ほんのわずかに、口元が緩む。


 その少し照れたような表情は、あの幼い頃のままだ。


(……良かった)


 心の底から、そう思った。


「殿下、私たちも参りましょう」


 静かな声が、耳元に届く。

 今日、私の隣に立つのはカインだ。


 暗い色の礼装に身を包み、緊張を押し殺した面持ちで私を見つめている。


 今日の祝宴にドゥーカス大公爵家の者は来ていない。

 だから彼は、一人で貴族達の好奇の目に耐えなければならない。


 私は彼をエスコートするつもりで小さく頷き、腕を差し出した。


「行きましょう」


 彼が恭しくその腕を取る。


 広間中央へと進み出ると、ざわめきがすっと静まった。


 視線が一点に集まる。


 皇女として、この場を取り仕切る責務がある。

 レオンの帰還を心から歓迎し、彼を支持する姿勢を明確に示す。

 それが、帝国の安定を内外に知らしめる最も確実な方法だった。


 私は一歩前へ出た。


「本日は、弟レオンの帰還を祝してお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 声はよく通り、天井高くまでまっすぐに伸びた。


「彼の帰還は、帝国の安定と未来を象徴するものにございます」


 視線の先で、レオンが静かに頷く。


「どうか皆様の変わらぬ忠誠を、これからも帝国へ」


 深く、優雅に一礼する。


 拍手が再び湧き上がり、楽団が華やかな舞曲へと移った。


 金色の灯りが揺れる中、レオンがこちらへ歩み寄る。


 その歩みは迷いなく、堂々としている。


「姉上。お手を」


 差し出された手。

 公の場で、姉弟で踊るのは初めてだ。

 私は微笑み、手を重ねる。


 楽団の音が高まる。

 最初の一歩は、私からゆるやかに踏み出し、視線で合図を送る。


 (大丈夫。あなたならできる)


 レオンは確認するように私を見る。

 その瞳の奥に、幼い頃の面影がかすめた。


 だけど、次の瞬間には皇子の顔に戻っている。


 回転するとドレスの裾が広がり、燭台の光を受けて揺れる。


 彼の動きは正確だけれど、ほんのわずかに歩幅が硬い。


 私はさりげなくリズムを緩める。

 彼が呼吸を合わせられるように。


「落ち着いて。音をよく聞いて」


 微笑みのまま、唇だけで小さく囁く。


「……はい、姉上」


 次の旋回では、彼の動きが滑らかになった。


 周囲の視線が変わるのを感じる。


「まぁ、美しい姉弟ですこと」

「皇女殿下がリードされてますわね」

「姉弟の仲の良さが伝わってきますわ」


 今日は、レオンのための夜。

 彼が帝国の未来の皇帝であると、誰もが認める夜。


 だから私は、一歩後ろに下がりながらも、彼を立てるように踊った。


 ダンスの最中、視界の端に紺の正装が映る。

 柱の傍に静かに立っているのはノアだ。


 こんなに遠いのに、目が合ったような気がした。


 いや、合ったように思えただけかもしれない。


 彼の表情は変わらない。

 公爵の顔だった。


 ステップを踏みながら、私はそっと視線を逸らした。


 最後の旋律。


 優雅に身を引き、深く礼を交わすと、再び大きな拍手が湧き上がった。


 レオンは堂々と顔を上げている。

 その隣で、私は静かに息を吐いた。


 ――うまくいった。


 それからは息つく暇もなかった。


 祝辞を述べる者。挨拶に訪れる貴族。

 微笑みを絶やさず、言葉を選び、場を整える。


 今日は皇女として、完璧でなければならない。


「殿下、本日は誠に――」


「お心遣い、感謝いたします」


 自然に言葉が紡がれる。


 隣でカインがさりげなく流れを整える。

 緊張はしているが、落ち着いて対処している。


 しかし、至る所で彼が噂の種になっているのが聞こえてくる。


「聞いた?サラ様が拘束されているそうよ」

「大公家も終わりだな」

「ですが、皇女殿下はカイン公子を徴用し続けるのね」


 誰も何が起こっているのか、本当のことなんて知らないはずなのに憶測で話は膨らんでいく。


 周りの声や視線が棘のように刺さる感覚を私はよく知っていた。


「周りの言うことは気にしないで。

 あなたはよくやっているわ」


 カインに小声で告げると、彼は一瞬だけ目を見開き、すぐに微笑んだ。


「恐れ入ります」


 その横顔を見ながら、彼を守らなければと思った。


 ドゥーカス家から何か施しを受けたわけではない。

 どちらかと言うと、悪い印象しかない。

 それでも、放っておけないと思う私は、やっぱり皇位継承者には向かないのだろう。


 ふと、会場に視線を巡らせた。


 無意識に広間の端、レオンの背後に立つノアを見つけてしまう。


 彼はレオンに何かを耳打ちし、周囲をさりげなく警戒している。


 彼の居場所は、もう、私の背後ではない。

 当たり前の出来事に、胸の奥が小さく痛んだ。


 レオンとノアを取り囲むのは、何も政治の話をする貴族だけではない。

 すぐに家長に連れられた令嬢たちが二人の周りに溢れた。


 (レオンもこれから大変そうだなぁ)


 皇太子になれば、婚約者問題は避けられないだろう。

 幼かった弟ももうそのような歳なんだと思うと、何だか少し変な感じがした。


 その時、ノアに話しかけるフローレンス公爵夫妻の姿が目に入る。

 その隣にはソフィアの姿があった。


 私は、笑い合う二人の姿から目が離せなかった。


 (そういえば……

 二人は元々婚約者候補だったんだっけ)


 フローレンス公爵が皇位継承争いから遠のいた今、婚約の話は復活するのだろうか。


 そうすれば、二人は……


 想像するだけで喉の奥が締め付けられて息がつまる。


 ソフィアは悪い人じゃない。

 むしろ私の恩人だ。


 なのに、どうしてこんな気持ちになるのか……。


 初めから分かっていたことだ。


 (今更、何を……)

 

 こんなことなら……

 こんなに辛いなら……

 ノアに恋なんてしなきゃ良かった。


「殿下?大丈夫ですか?」


 カインの声に、我に返る。


「……何でもないわ」


 微笑みを整える。


 今日は完璧な皇女の顔でいないといけない。


 祝宴は深まり、光と音楽が広間を包み続ける。


 私は最後まで、笑顔を絶やさず立ち続けた。


 帝国は安定へ向かう。

 レオンの時代が始まる。


 ――それでいい。


 胸の奥で、何かが静かに閉じる音がした。


 隣にあるはずだった気配。

 もう戻らない距離。


 けれど、それでも、顔を上げなきゃ。


 私は皇女として、姉として帝国を支える。

 そして、父と母が作りたかった未来を叶えたい。


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