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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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婚約者候補

 部屋の扉が閉まった途端、その場にヘタリと座り込む。


 手足が冷たい……。胸が痛い。

 頭が真白になって、何も深く考えることができなかった。


 私はそっと胸元に手を触れる。

 心の安定剤だったこの指輪。

 それが、今は寧ろ余計に胸を抉った。


 何でもいい。

 何かしていないとおかしくなりそうだ。


 (今の私がすべきことは……)


 働かない頭を必死に動かす。


 今の私ができること――

 できるだけ良い状態で、今の自分の仕事をレオンに譲ること。


 そして、私自身が政敵にならないよう、潔くどこかに嫁ぐこと。


 できるだけ、有益になる結婚相手……。


 私は余裕のあるときでいいからと渡された婚約者候補のリストを取るために立ち上がった。


 リストには様々な家門の令息がのっている。

 だけど、当たり前だけどノアの名前は無い。

 

 政敵にならない皇帝派の欄を見ると、ベネット侯爵の孫息子やブライアント子爵の令息が上がっていた。


 ここに嫁げば、結束を強めることができる。


 (あぁ、でもそれだと辛くなる……)


 いずれノアの隣にも誰かが立つ。

 二人の結婚を、二人の子どもを直視するのは少し……いや、きっと耐えられない。

 

 それなら他国。

 東のアステル王国……エルダールも。


 (でも、ハルの気持ちを利用はしたくない)

 

 その時、ふと、ドゥーカス大公爵の孫息子であるカインのページで手が止まる。

 私が革新派に嫁げば、少なくともレオンの妃候補からジェシカは外せる。


 サラもこんな気持ちだったのだろうか……。


 でも、私はまだこの国の情勢に詳しくない。本当なら皇帝やノアに相談するのだろうけど、今の私のメンタルはそんなに強くない。


 だけど

 ――泣いている暇は、ない。


 私は机の上のベルを鳴らした。


 途端に侍女が部屋をノックして入って来る。


「宮廷にまだ残っていらしたら、フレディ・ベネット伯爵を呼んでもらっていいかしら」


――――――――――


 こんな急な呼び出しにも関わらず、フレディはまだ宮廷に居たようで、すぐに訪ねてきてくれた。


「どうされましたか?」


「今後の動きを、相談したくて」


「……ノアにではなく、私に、ですか?」


 フレディは探るように私を見た。


「大人の意見が聞きたいのです」


 そう告げると、彼は一瞬だけ目を伏せ、静かに一礼した。


「……それは、光栄に存じます」


 部屋に落ちる沈黙は重く、しかし逃げ場はなかった。


「率直に聞きます。

 私は皇位継承権を手放すつもりです。

 その場合、皇女としては誰と婚姻を結ぶべきでしょうか」


 あまりにも直接的な問いに、フレディの眉がわずかに動く。


「……何も、そこまで急がれなくとも」


「私が求めているのは、フレディ個人としてでなく、フレディ・ベネット伯爵としてのご意見です」


 その言葉にフレディは一瞬驚くように、目を見張ったが、すぐに臣下としての表情に戻る。


「無礼をお許しください」


「いいえ、話を戻しましょう」


 私は淡々と、だが逃げ場を与えない口調で言う。

 

「レオンの政敵にはなりたくありません。

 アステル王国の王族であれば少しは帝国の役に立ちますでしょうか。

 ちょうど使節団が来ていましたよね。

 交友を深めて置いた方が良いかと思いまして」


 フレディの視線が、ほんの僅かに揺れた。

 否定ではない。だが、賛同とも言えない。


 (あまり、いい選択では無かったのかしら……)


「……それとも、レオンのためには皇姉のように政敵に嫁ぐ方がよろしいでしょうか。

 カイン公子は悪い人ではないですし」


今度は、はっきりとした沈黙が落ちた。


「……エリシア様」


 その呼びかけは、慎重だった。


「大公爵家に嫁がれるということは、その家の“罪”も背負わないといけません」


 それはつまり、皇姉の件のことを言っているのであろう。

 私は冷静を装いながら言った。


「それでは革新派の他の家門に?」


 その提案に、フレディはゆっくりと首を振る。


「サラ殿の件で、ドゥーカス大公爵を始めとする革新派はかなりの打撃を受けるはずです。

 もう牽制は必要ないでしょう」


 その言葉に、私は顔を上げた。


「分かりました……」


「婚約者の話ですが」


 フレディは話題を変えた。


「異国を望まれるのでしたら……エルダールが現実的でしょう。

 国王とは顔見知り、王太子との仲も良好。

 雪崩被害の跡地から資源も発掘されたようですし、良好な関係を築ければ、帝国としても利益になります」


「……そうですか」


 私の言葉に、フレディは少し首を傾げた。


「何か引っかかることがおありですか?」


「いえ、ただ、ハルの……ハルシオン殿下の気持ちを利用するようで申し訳無くて……」


 叶わない恋の相手が近くにいることは想像よりもずっと辛いことは、身をもって知ったから。


 私の様子を見たフレディの表情がわずかに和らいだ。


「これは私見ですが、利用でも政略でも、思う人と結ばれるのであれば男は嬉しいものですよ」


「……そう、でしょうか」


「ええ」


 その答えには、どこか痛みが滲んでいた。


「ちょうど二日後、あちらへ行く予定があります。

 エルダール王太子には、事情を匂わせる形で、こちらから話を伝えておきましょうか」


「……いいえ。

 確か夏には来訪予定があるはずですので、ハルに話すなら自分の口から言います」


「では、そのように」


 一礼したフレディに私は続けた。


「今日は来てくださって、ありがとうございます。

 自分でも考えてみます」


「いいえ、こんなことくらいしか出来ずに不甲斐ない」


 私は、最後に一つだけ、視線を落としたまま告げた。


「……今日のことは、ノアには黙っていていただけますか」


 その瞬間、フレディの瞳が、かすかに揺れた。

 すべてを察した者だけが見せる、苦い沈黙。


「……承知しました」


 そう答えた声は、どこか痛々しく、優しかった。


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