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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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せめて直接

 side ノア

 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


 サラの拘束の許可を得た日から、目まぐるしい日々が流れた。


 これまでの政務に加えて、レオンの受け入れ準備、皇太后の毒殺未遂事件の再捜査。それに、サラの尋問。


 彼女は頑なに口を割ろうとはしなかった。


「皇女になら話しましょう」


 そう繰り返すばかりだった。


 だが、彼女にそのようなことをさせたくはない。

 このような血生臭い場所に彼女は似合わない。


 そう、思っていたのに。


 エリシアはそれを許してくれなかった。


 ある日、突然、サラの尋問記録が執務室に届けられた。

 記録主は、エリシア・ヴェル・セレンスティア。

 彼女だった。


 (何も、聞かされていない……)


 それもそうだ。

 自分も彼女に何も言わなかったのだから。


 記録は完璧で、尋問で聞き取るべき証言が全て的確に記されている。

 それに加えて簡潔で一切の無駄が無い。


 (やっぱり……敵わない)


 決して綺麗な話ではない。

 人を一人、それもこの国の母とも呼べる皇太后を殺そうとした事件の記録。


 それを彼女が書いたと思うと胸が痛んだ。


「その記録、エリシア皇女殿下が書かれたのですか?」


 執務室で一緒に仕事をしていたブライアント子爵が尋ねる。


「はい。

 踏み込ませないようにと思っていたのに、結局はさせてしまった……」



「皇女殿下はお強い方ですね。

 確かドゥーカス家やフローレンス家の令嬢と同じ歳でしょうに……」


 ブライアント子爵の言う通りだった。


 同じ歳の貴族令嬢は、温室で育った白百合のようなものだ。

 世辞を疑う必要もなく、己の身を守る術を学ぶこともない。

 皇女候補であった二人でさえ、どこか楽観的で、政治の裏を知らずに済んできた。


 だがエリシアは違う。


 五年前の事件と、エルダールで過ごした歳月が彼女をそう育てたのだろうが、彼女は誰にも頼らず立つことを覚えた。


 その強さが誇らしくもあり、同時に痛ましい。


 だからノアは一見、過保護な程、彼女に柔らかく接した。

 エリシア自身が自分を顧みない分、せめて自分だけは彼女を大切にしたかったのだ。


「エリシア様には、もう少し弱さも見せていただきたいところです」


「それは公爵も同じですよ」


 子爵の即答に、ノアはわずかに眉を動かした。


 そのとき、子爵が思い出したように声を上げる。


「あ……そういえば。

 少し前にエリシア皇女殿下がこちらへお越しでした。

 公爵が尋問に出ておられる折でして、お呼びしましょうかと申し上げましたが……お断りに」


「どうしてすぐに言わなかった」


 低い声が落ちる。


「申し訳ありません。

 徹夜続きで、失念しておりました」


 ノアは立ち上がる。


 胸の奥に、嫌な予感が走った。


 ――その時だった。


 皇帝付きの従者が部屋を訪ねてきた。


 皇帝自らの召喚。

 これにはすぐに応じなければならない。

 ノアは身なりを整えると、即座に皇帝の執務室へと向かった。


「お呼びでしょうか、陛下」


「サラの件はどうだ?」


「証言は揃いつつあります。

 毒の流通経路の裏付けも出来ましたが、やはり、ドゥーカス家の関与は確認できておりません。」


「そうか。確実に進めてくれ」


「はい」


 短いやり取りの後、皇帝は息を吐き、椅子に深く身を預けた。


「アルヴェイン公爵」


 その呼び声に、ノアは次の話題が軽くないことを悟る。


「はい」


「今日付けでお前を、エリシアの従者から外し、レオンの再側近に任命する」


 皇帝の声がやけに鈍く響いた。


 レオンが帰還したその日から、頭のどこかでは、いつかこうなると分かっていた。


 だけど、見ようとしてこなかった。


 恐らく、他の貴族からすれば祝福されるべき言葉のはずだ。


 そう理解しているのに、胸の奥が軋む。


「承知いたしました」


 心とは裏腹に、発せられた声は、驚くほどいつも通りだった。

 自分のものとは思えないほどに。


「質問はないのか?」


「陛下のご判断ですから」


「余の判断ではない。

 エリシアが望んだのだ」


 その一言にノアは目を見開いた。


「そう……ですか」


 それはつまり、エリシアが自分を切り離したということだった。


 何の相談も無かった。

 その事実に胸が沈むのを感じる。


「加えて、エリシアは皇位継承権を返上する」


「……正式なご決定で?」


「あぁ、数日前に彼女から申し出があってな」


 数日前。


 廊下ですれ違った、あの日。


 光の差し込む回廊で、彼女はいつも通り、穏やかに微笑んでいた。


 ――何も知らなかった。


「今後、皇女として婚姻も受け入れるとの事だ」


 その言葉が、やけにゆっくりと耳に届く。


 婚姻。


 つまり――

 彼女が、他の誰かの手を取り、他の誰かの隣に立つということ。


 その未来を理解した瞬間、胸に鋭い痛みが走った。


「……帝国にとって、最善かと」


「そう思うか」


「皇女殿下が継承権を保持したままでは、派閥が生じましょう。

 レオン殿下の御代に禍根を残す可能性があります」


 理屈は理解している。

 理解できるからこそ、苦しかった。


 皇帝がゆっくりと机を叩いた。


「エリシアと同じことを言うのだな。

 ……アルヴェイン公、余はお前を買っている。

 レオンのことを頼んだぞ」


「はい」


 私情を優先するつもりはない。

 だが、私情が“ない”わけではない。


 皇帝はその瞳をしばらく見つめ、やがて小さく息を吐いた。


「エリシアの婚姻の件だが、出来れば彼女の意図を汲みたいと思っている。

 だが、あの子は自分の気持ちを話してはくれぬ」


「そう、ですね……」


「エルダールの王太子と恋仲だったと聞いているが、君から見てどう思う?

 帝国の都合で一度、別れさせたのに都合のいい話かもしれないが、こちらから打診してみようかと思っておる」


 その言葉が、胸に刺さる。


 確かに、あの二人はお似合いだ。

 ハルはエリシアのことをよく理解している。

 それに、彼女のことを一番に考えてくれる。

 政略結婚として、これ以上いい相手はいないだろう。


 ノアは数秒、沈黙してから口を開く。


「そうですね。

 ハルシオン殿下はとても良い人ですし、王太子としての才も素晴らしいものを持っていらっしゃいます」


 皇帝は苦笑した。


「そうか……お前はエリシアが欲しくないのか?

 春先のティーパーティーでは、自分の色のドレスを着せたそうじゃないか」


 その声色は皇帝としてではなく、孫娘のことを話す一人の老人のようで、かつての友の孫を思いやるような声でもあった。


 欲しいといえば、下さるのだろうか。


 それとも、掟のことで釘を刺すための言葉なのか。


 ノアは皇帝の言葉の意図が理解できなかった。


「掟のことは理解しております」


「相変わらず優等生だな。

 まぁ良い。下がれ」


 ノアは深く一礼して、扉へ向かう。


 背中越しに、皇帝の視線を感じる。


 恐らく、あの方はすべて分かっている。

 エリシアの覚悟も、自分の感情も。


 それでも、帝国を選ばせる。

 それが皇帝だ。


 廊下を歩きながら、拳を握る。


(エリシア様……)


 また、自分の知らない場所で、自分の知らない時間に、彼女は決断を下してしまった。


 いつもそうだ。


 ノアは五年前、エルダールで別れた日を思い出す。


 彼女は簡単に自分のことを切り離し、置いていってしまう。


 怒っているわけではない。


 ただ、その事実が心を確実に削っていき、ぽっかりとした空洞が広がる。


 (このままじゃいけない)


 あの時とは違う。


 今は彼女に会いに行くことが許されているのだから、聞かなければならない。


 ちゃんと、直接、彼女の口から。


 その夜、ノアは皇太子宮へと足を向けた。

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