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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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呪いの言葉

 それから更に数日経った頃、私はルーナに尋ねた。


「皇姉への尋問はあまり上手くいっていないの?」


 サラが拘束されてから、既に二週間弱経ったが、何の報告も耳に入ってきていない。


「そうですね。

 あくまで皇族相手ですので、拷問の類はできませんし、話を聞かせてもらうという感じですから……」


 話す気が無い相手に話をさせるのは骨が折れるだろう。


「それに……」


「それに?」


「サラ皇姉は、皇女殿下に話がしたいと言っているそうです」


「私に……?」


「公爵様に口止めされているので、言わないでくださいね」


「そう……」


 ノアならしそうな判断だ。

 だけど、もし、サラが私になら話すと言っているのであれば……。


「フレディに頼んで、

 ノアには内密にサラ様の所に行くことはできるかしら?」


 私がその場に行くだけで、ノアの役に少しでも立てるのであれば、そうしたかった。



――――――――――――


 地下へ続く石階段は、ひどく冷えていた。


 灯りは少なく、湿った空気が肺にまとわりつく。


「……本当に行かれるのですか?」


 ルーナが小さく問いかける。


「ええ。

 彼女は、私にだけ話すと言ったのでしょう」


「ですが――」


「大丈夫ですから、開けてください」


 躊躇いは見せなかった。


 扉が軋む音を立てて開いた。


 中は薄暗く、椅子に拘束されたサラが、ゆっくりと顔を上げた。


 頬は痩せこけ、目の下には隈ができている。

 それでも、その瞳は衰えていなかった。


「来たのね」


 その声は落ち着いていた。


「私に話があると聞きました」


「ええ。あの子ではなく、あなたに」


 “あの子”とは、恐らくノアのことだ。


「なぜ私なのですか?」


 その問いかけに、サラは微笑んだ。


「あなたは、私だから」


 その言葉の意味が分からなかった。


「何の話でしょう」


「愛の話よ」


 静寂が落ちる。

 尋問室の冷気が一層深まった気がした。


「私にもね、あなたと同じように幼い頃からアルヴェイン公爵家の者が側についていたわ」


 サラはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「名前はルーカス・アルヴェイン」


 それは、ノアの祖父の名だ。


「優秀で、冷静で、忠実で。

 ……あなたの側にいる子によく似ていた」


 脳裏にノアの静かな横顔が浮かぶ。


「私が皇女だった頃、弟は身体が弱かったから……皇位継承順位がなかなか決まらなくてね。

 だから、彼は常に私の隣にいたわ」


 声は淡々としている。

 だが、そこには確かに滲む想いがあった。


「私は彼に恋をした」


 サラははっきりと、迷いなく、その言葉を言った。


 私は思わず息を飲んだ。

 状況があまりにも自分と似ていると思ったからだ。


「愚かでしょう?」


 サラの問いかけに私は答えられなかった。


「でも、止められなかった。

 帝国の掟は知っていたわ。

 アルヴェイン公爵家の者と皇女が結ばれることはない。

 ……すべてが壁だった」


「それでも、私はあの人を愛していた」


 静かに落ちる言葉。


「だから、父に言われた通り、ドゥーカス家へ嫁いだの」


 私は目を見開く。


「……愛していたのに?」


「愛していたからよ」


 サラは笑った。


「皇女との不義を疑われれば、彼は罰を受ける。

 だから私は帝国を選んだ。

 帝国を選べば、彼を守れると思った」


 喉がひりつく。

 

 ――あなたは私だから。

 その言葉の意味が理解できた。

 

 短い沈黙の後、サラは意を決したように口を開いた。


「あなたも知っているでしょう。

 五年前の事件の後、アルヴェイン公爵家がどのような罰を受けたか」


 サラの声が低く沈む。


 彼女が守りたいと言ったノアの祖父――ルーカス・アルヴェインは、処刑されたも同然の最期を迎えたのだ。


「帝国の安定のために。

 混乱を収めるために。

 ルーカスは処罰を受けた」

 

「あの人は何も悪いことはしていない。

 それでも、帝国のために、彼は刑を受けたのよ」


 サラの目に、初めて感情が滲む。


「私は何も出来なかったわ」


 その一言に、胸が締めつけられた。


 私は、呼吸を忘れていた。


 もし、ノアが死ぬと分かっている刑罰を受けることになったら――。


 その先を思おうとした瞬間、胸の奥がひどく軋んだ。

 心が、必死にそれを拒んでいた。


「私は、皇室を憎んだ」


 サラの声が震える。


「愛を奪い、命を奪い、それでも正義の顔をする」


 その怒りは、澱のように重い。


「だから、毒を盛ったのよ」


「皇太后陛下に?」


「ええ。あの決断を下した人間にね。

 帝国の母なんて言われているけれど、あの人はあくまでも他国の人間だわ」


 それまで淡々と話していたサラの声色が昂り始め、その瞳には憎悪が滲む。


「アルヴェイン家のことも一家臣にしか思っていなかったのよ!

 自分は身分差のある男と駆け落ちみたいな恋をしておきながら、娘には政略結婚を押し付けて」


 私はただ、黙って聞くことしか出来ない。


「愚かだと思うわよね。

 復讐したところで、あの人は戻らないのに……」


 自嘲するような彼女の表情は痛々しかった。


「でもね、エリシア。

 あなたも同じよ」


 目が、まっすぐ私を射抜く。


「あなたも、あのアルヴェインの子を愛しているでしょう?」


 その言葉に、背筋が凍る。


「アルヴェインの子と並んで歩くあなたを見て、すぐに分かったわ。

 二人が強い絆で結ばれていると……」


 否定が、喉で止まった。

 彼女の話を聞いた上で、否定することはできなかった。


「あなたもきっと、帝国の利益のために望まぬ婚姻を押し付けられて、受け入れるしかない。

 そして、あのアルヴェインの子もきっと、帝国の為に死ぬわ」


「――やめて!」


 思わず声が出る。


 初めて感情が表に出た。


 サラは、わずかに笑う。


「同じことを思ったわ。私も。

 ただ、あの人のそばに居たかった。

 結ばれなくてもいいと……」


 そして、囁く。


「でも、帝国は皇女がアルヴェイン公爵家の者を愛することを許さない」


 その言葉が、胸に深く突き刺さる。


「あなたが選べば、彼は罰を受けるか、あるいは遠ざけられる。

 どちらにしても、隣には居れないわ」


 心臓が早鐘を打つ。

 掟は確かだ。

 サラの話はすべてが現実だ。


 サラの言葉が呪いのように落ちる。


 私は、何も言えなかった。


 心の奥で確かに恐怖が芽を出す。


 もし、もしも、ノアが、ルーカス・アルヴェインやロペス・アルヴェインのように、帝国の為に命を落とす未来があるなら。


 その可能性を、少しでも減らす為に私はなんだってするから、彼には生きていて欲しかった。


 その後、彼女は話したいことを話せて満足したのか、これまで黙秘していたのが嘘のように取り調べに応じた。


 皇太后の毒殺未遂の自白。

 皇太后に使った毒と侍女に渡した毒の入手経路。

 そして、五年前の事件については関与していないこと。


 尋問室を出るとき、緊張が解けたのか、足がわずかに震え出した。


 これは、皇族を憎むサラがかけた私への呪いなのかもしれない。


 指先が異常に冷たい。

 両手も小刻みに震えているのがはっきりわかる。


 サラの言葉が何度も反響する。


『あなたも同じよ』


 違う。

 同じにはならない。

 復讐には堕ちない。

 憎しみに呑まれない。


 だけど、選ぶしかない。

 帝国を。


 彼を守るためには、私は何だってする。

 それが例え彼の隣には居られない選択だとしても。


 彼を守れるなら、それでいい。


 そう思わなければ、立っていられない。


 この選択が、どれほどの痛みを生むか。

 この時の私はまだ、知らなかった。


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