表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/175

馬車の中で

side ノア

⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


 帰りの馬車が走り出すと、外の喧騒はすぐに遠のいた。

 扉の向こうで音が閉じられ、世界には、私と殿下の二人分の呼吸だけが残る。


 柔らかな午後の光が差し込み、

 隣に座った彼女の頬を淡く照らしていた。


 昼間の緊張がようやく解けたのだろう。

 彼女は窓の外に視線を預け、ほんの少しだけ、力を抜いた笑みを浮かべる。


「……今日は、頑張ったね」


 その声が、やけに近い。


 返事をする前に、胸の奥が熱を帯びる。

 社交の場で見せていた“皇女の顔”ではない。

 今ここにいるのは、疲れを隠しきれない、一人の女性だ。


(……その顔を、誰にも見せたくない)


 自分の色を纏う彼女。


 肩が触れ合うほどの近さ。


 ほんのわずかに揺れた睫毛。


 全部が愛おしい。


(……これ以上は、隠しきれないかもしれない)


「ノア?」


 小さく首を傾げられる。


 その仕草だけで胸が詰まるのに、

 彼女は続けた。


「思ったよりも一緒にいられなかったから、もうちょっとだけ一緒にいたい……なんて言ったら困る?」


 答えを待つようなその視線が、甘くて。


 一瞬、息の仕方を忘れた。


 喉の奥が、熱を持つ。

 理性が遅れて、追いつこうとする。


 目を閉じ、深く息を吸い込む。

 言葉を選ぶ余裕などなかった。


「……私も、同じことを思っていました」


 独占したい。

 誰の視線にも触れさせたくない。

 自分の色を纏って、自分の隣にいてほしい。


 言葉にした瞬間、もう戻れないとわかっているのに、

 胸の奥が、それを拒まなかった。


「もう少しそばに居てください」


 彼女の肩がびくりと震え、

 ゆっくりとこちらを見る。


 その目が潤む。


 次の瞬間、

 エリシアの体がそっと私の肩に寄りかかった。


 甘い匂いがふわりと鼻をかすめる。

 触れた場所が熱を持つ。


 胸が焼けるようだった。


 少し手を伸ばせば抱き締められる。

 その頬に手を添えて、口付けできる。


 見ているだけで良かったはずなのに、どんどんと欲望が膨らんでいく。


 触れたい。抱き締めたい。

 見ているだけじゃ耐えられない。

 他の誰も見ないで、自分だけを見て欲しい。


 全部伝えてしまいたい。


 指先がわずかに動いた。


 ――だけど、できない。


 いつからか、苦しいほどに、彼女を想っている。

 もし失ってしまったらと思うと、決定的な行動には移せなかった。


 こうして隣に座っていただけるだけで、十分だと言い聞かせる。


 午後の光に揺られながら、

 彼女の温もりを肩に感じつつ、

 静かな帰路が続いていく。


 馬車の揺れに合わせて、

 彼女の髪が肩に触れた。


 そのわずかな重みだけで、

 再び心臓が痛むほど跳ねた。


 しばらくして、その沈黙をエリシアが破った。


「……ねえ、ノア」


 先程までとは、少し違う声色だった。

 迷いと、慎重さが混じった音。


「今日のバザーでお茶を出してもらったの。

 甘い香り付けされたお茶で、なのに深くて重い苦味のある、貴族好みの上等な香り付け紅茶だったわ」


 彼女は思い出すようにゆっくりと話した。


「ソフィアが、バザーで買ったそうなの。

 とても希少だって、嬉しそうに」


 エリシアは、言葉を選ぶように一拍置いた。


「……でも、飲んだ瞬間に思い出したの」


 彼女の指先が小さく震え、膝の上で重なる。

 その仕草に、胸がざわつく。


「皇太后陛下が……倒れられた日の、お茶だと」


 その一言で、空気が変わった。


 ノアの中から、先ほどまでの熱が引いて冷めていく。


「香りがですか?」


「ええ。香りはとても甘いのに、喉の奥に残る苦味。

 あの日も……同じだった」


 偶然、と切り捨てるには、引っかかりすぎる。


「フローレンス公女は、どこからその茶葉を?」


「出品していたのは、カールトン伯爵夫人で、仕入れ先は異国の商人。

 昨年の建国祭で知り合った、と説明を受けたそうです」


 建国祭。

 異国の商人。

 希少な茶葉。


 点が、静かにつながっていく。


「殿下」


 ノアは、自然と声を落とした。


「この件は、私に預けてくださいますか?

 影を使って出所を辿ります」


 エリシアが、ほっとしたように息を吐く。


「……ありがとう。

 ノアに相談してよかったです!」


 その言葉が、胸に刺さる。


 守りたい。

 誰よりも近くで。

 誰よりも深く。


 恋情と忠誠が、同じ場所で重なっている。


「茶葉の種類までは調査が及んでいませんでしたから助かります。

 今後も、少しでも違和感があれば、すぐに教えてくださいね」


 その言葉にエリシアは小さく頷き、

 もう一度、私の肩に身を寄せた。


 その行動が少し意外で、だけど嬉しい。


 ノアは窓の外に視線を向けながら、静かに決意する。


 この人を、

 誰の陰謀にも、誰の欲にも、渡さない。


 守りたい。

 従者として。

 そして――

 一人の男として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ