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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
恋慕編

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変化

 お茶を飲み終え、同年代の集まりがお開きとなった後、私は会場内をぐるりと見渡した。


 すぐにノアの姿が目に入る。


 彼は彼で、貴族たちに囲まれ、礼儀正しく応じていた。

 時折、若い令嬢を連れた貴族に話しかけられているのも見える。


 きっと、ノアに自分の娘を紹介しているのであろう。

 それが正しい姿だと、頭では理解している。


 ――でも、心は別だった。


(……あんなふうに、他の令嬢に向けて微笑まないで)


 なんて、醜い感情が込み上げる。


 嫉妬なんてしたくないのに。

 でも、どうしても抑えられなかった。


 いつの間に、こんなにのめり込んでしまったのだろう。

 会えなかった時間のせいか、最近ノアが見せてくれる好意のせいか。


 分からないけど、ノアが誰かと笑うたび、胸の奥がちくりと痛んだ。


 その時。


「エリシア殿下」


 聞き慣れた声に振り返ると、癖毛がかった暁色の髪にグレーの瞳の青年が立っていた。

 カイン・ドゥーカスだ。


「素晴らしい催しですね」


 彼はこの事業が私の主催だと知っている数少ない人の一人だ。


 この皇帝派メインの催しに革新派筆頭である彼が参加するのは些か不自然なのだが、招待すると二つ返事で来てくれた。


 ドゥーカス家の公子が皇女の声掛けで反対派閥の催しに参加する。

 これは、私が帝国の次代を担う貴族をまとめあげることができるというアピールになる。


「ありがとうございます。

 お越しいただけて嬉しいです」


「全く、貴女は高貴なお立場なのですから常に一人は従者を傍に置いてください」


「今日は硬い集まりではないですから」


 私の言葉にカインは小さくため息をついた。


「あなたのそういう所……嫌いではないですが。

 少しは私の家族を見習ってください」


「あら、ドゥーカス大公爵家の皆さまにはいつも、敬意を示していますよ」


 私の言葉にカインは少し面倒くさそうな表情を浮かべる。


「それ、褒めていないですよね」


 そんな言葉を交わしていると、向こうのほうから視線を感じた。


「せっかくだから、ノアと話していかれますか?カイン公子?」


 私の問いかけにカインは頬を赤らめた。


「いえ、アルヴェイン公爵は僕のことをあまりよく思わないでしょうから……」


「無理強いはしませんよ。

 ですが、これから公務や政務で一緒になることも多いでしょうし、挨拶くらいは大丈夫だと思いますよ?」


「では……殿下も付いてきてくださいますか?」


 この人は私と話すより、ノアと話すことの方が緊張するらしい。

 それがなんだかおかしくて思わずクスッと笑ってしまった。


「もちろん!」


 私がカインと共にノアの所に向かうと、ノアはいつもの柔らかい笑顔で私達を迎えた。

 けれど、目がほんの少しだけ冷たい気がする。


「これはカイン公子、ご無沙汰しております」


 本来であれば、身分が上であるノアはカインが名乗ってから挨拶するもの。

 だけど、今は私がカインを連れてきたからノアが先に挨拶をした。


 ノアはこういう所を律儀に守る人だ。


「アルヴェイン公爵のお噂はかねがね伺っております」


 そう言って、カインは背筋を正した。

 少し緊張した様子が、隠しきれていない。


 ノアは穏やかに口角を上げる。


「ドゥーカス公子は、昨年末から殿下の側近に加われたとか」


 柔らかい声ににこやかな笑み。

 なのに、どこか張りつめた空気。

 

 カインは気づいていない。

 むしろ、少し嬉しそうですらある。


「ええ。光栄です」


 カインがそう言った瞬間、ノアの視線が、ほんの一瞬だけ私に向いた。


「実は、以前から公爵の采配には学ぶことが多く……」


 ノアの眉が、ほんの僅かに動く。


「アカデミーでの論文も拝見しました。

 昨年のセイロン河の堤防工事の件では……」


 カインがノアの功績を延々と話すのに、私は笑いを堪えるのに必死だった。


 ふと、ノアの方に目を向けると、彼もどこか困惑した様子だ。


「同じように殿下のそばで働くようになって、よりその素晴らしさに気付かされました。

 これからより精進して、私が公爵の仕事を任せて貰えるように……」


 カインのその言葉に、ノアは小さく咳払いした。

 恐らくカインに他意は無く、純粋に憧れのノアに早く追いつきたいという意味だろうが……。


 今の言葉は、ノアの仕事を自分のものにするとも取られかねない。


 カインもその意味に気付いたようで、慌てて取り消す。


「い、いえ!

 その、今のは別に深い意味では……!」


「そうですか」


 ノアは微笑みを崩さない。


「ですが、殿下のお立場は繊細ですので……。

 側近の方々には、より一層の配慮をお願いしたい」


 ――完全に牽制だった。


 私は内心で小さく息を呑む。

 けれど、カインは違う方向で受け取ったらしい。


「は、はい!

 その点は常に意識しております!」


 真面目に頷くカインに、ノアは一瞬だけ目を細めた。


「それは心強いです」


 そして、にこやかに続ける。


「殿下は、とても人を惹きつけるお方ですから」


 カインはなぜか少し照れたように頬を掻く。


「……ですよね」


「え?」


「いえ、その……公爵が殿下をお側で支えておられる理由が、少し分かった気がします」


 純粋な尊敬の声音。

 それを聞いたノアは、わずかに言葉を詰まらせた。


「……そう、ですか」


 完璧な笑顔。

 なのに、どこかぎこちない。


 (この二人……噛み合ってなさすぎる……)


 私は見ていてヒヤヒヤした。

 だけど、カインは満足した様子で一礼する。


「今日はご挨拶できて光栄でした。

 今後とも、ご指導いただければ」


「ええ、もちろん」


 ノアの返事は、少しだけ遅れた。


 カインが去ったあと、私はこっそりノアを見上げる。


「……ノア?」


「何でしょう、殿下」


 その視線はカインに向けられたままだ。


「カイン公子は悪い人ではないんです」


「そうですね」


 即答だった。


「カイン公子はノアに憧れているみたいです」


 その言葉にノアは小さく息を吐く。


「ですが、殿下の隣は、譲るつもりはありませんので」


 何事もなかった顔でさらりと言い切る。


 私は思わず俯いて頬を覆った。


(……もう)


 頬が熱を持つのがわかる。


 やっぱり、帰ってきたノアはどこか変だ。

 今まではどこか一線は越えないように振舞っていたのに……。

 急に好意を示されているように感じる。

 まるで私を恋に落とそうとするかのように……。


 この変化を喜んでいいのか、素直に受け入れていいのかが私には分からなかった。


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