お茶の味
やがて、バザーが本格的に始まった。
テーブルには手作りの菓子や刺繍品、書籍や小物が並び、貴婦人たちは紅茶を片手に談笑しながら、持ち寄られた品について話している。
「こちらの収益は、すべて貧しい方の学業支援、孤児院への寄付となります」
ミッチェル伯爵夫人がそう説明すると、感嘆の声が上がる。
「まあ……ご立派ですわ」
「さすがミッチェル伯爵夫人、貴族の鏡ですわね」
その反応に、少しだけ肩の力が抜けた。
しばらくすると、貴婦人達のエスコートをしていた男性陣が集まって政治の話に花を咲かせていた。
今日の催しに参加している貴族の多くが皇帝派だ。彼らはノアと話がしたいのだろう。
「ノアはあちらに行ってください。
私も貴婦人達と話をしてきます」
私の言葉に頷くと、ノアは男性陣に挨拶しに行った。
けれど、その視線は時折、こちらに向けられている。
ノアが見てくれていると思っただけで、胸が落ち着いた。
バザーは滞りなく進んでいた。
品物は次々と手に取られ、売れていく。
来場者の表情は穏やかで、温かい言葉が自然と交わされていた。
私はバザーの会場にいる人達に積極的に声をかけた。
貴族だけでない、商人や富裕層の平民、そして子どもたち。
このような社交の場に慣れていない人も多い。
困っている人には身分を問わず声をかけた。
私の立場に気付かない人も多くいたがそれで良かった。
むしろその方が欲望や打算無く話すことができて気が楽だ。
だけど、やっぱり私の立場が私を自由にはしてくれない。
「皇女殿下!
私はマクミラン子爵家のミーティアと申します」
声をかけてきたのは皇帝派の中でも保守派よりの家門の令嬢だった。
「同年代の令嬢で話をしているのですが、
よろしければ一緒にお茶を飲みませんか?」
「はい、喜んで」
私はミーティアに連れられて、一つのテーブルに案内された。
席には既に八名の令嬢が座っていたが、皆、皇帝派の貴族令嬢達で、特に警戒すべき家の令嬢は居なかった。
自己紹介を受けた後、貴婦人の一人が、楽しげに声を弾ませる。
「今日はアルヴェイン公爵がいらしているのね!」
「それに、カイン公子もお見かけしましたわ!」
「お二人とも、殿下の傍に立つのに相応しい方ですわね」
悪意はない。ただの好奇心だ。
だけど、やっぱり、隔離された生活が長かったせいかこういう席は慣れない。
「ありがとうございます。
二人とも仕事熱心で助けられています」
「まぁ! あのような方たちに囲まれたら、私でしたら何も手につかなくなってしまいそうです」
「特にアルヴェイン公爵のあの甘いお顔と柔らかい微笑み。
ずっと見ていられますわ!」
「それに、剣士であられるのに、指先がとても綺麗ですよね」
「あの指で触れられたいわ!」
「あら、その発言は危険ではなくて?」
ただの世間話。わかっている。
だけど、喉の奥が、締まるのを感じた。
(……なにこの気持ち……)
皇位継承権を持つ立場で、こんな感情を抱くなんて。
これくらい、笑って流さなきゃ。
分かっているのに、どうしても上手く笑えない。
「殿下はアルヴェイン公爵と幼い頃からの仲ですよね?
何かお好きな食べ物などはご存知ですか?
今度差し入れをしたくて」
「私も気になります!
今度、我が家で夜会を開催しますの!
アルヴェイン公爵のお好きな食事を用意したいですわ!」
ノアはその大人っぽい見た目に反して甘いものが好きで、休憩によく持ってきてくれる。
豆料理がちょっぴり苦手で、猫舌だったりする。
彼の好きなモノ、仕草、大好きな笑顔。
全部、私だけが知っていたい……。
そう思ってしまう自分に、少し驚く。
「そうですね。
公爵は、甘い……」
そこまで口にした瞬間、明るい声が割り込んだ。
「あら! 皆さまお揃いで!」
振り返ると、花が咲いたような笑みを浮かべたソフィアが立っていた。
「皇女殿下、ご機嫌麗しゅう」
「ソフィア嬢、ご無沙汰しております」
彼女のその笑顔の下には少しだけ疲れが見えたような気がしたが、楽しげに続ける。
「実は、バザーで珍しい茶葉を手に入れましたの。
皆さまで試してみませんこと?」
使用人が運んできたカップから、ふわり、と独特の香りが広がった。
花と果実の中間のような、甘い匂い。
(……え?)
胸の奥がざわりと揺れた。
その香りには覚えがあった。
あの日――私と皇太后が倒れたあの茶会で、最後に私が淹れたお茶の香りだ。
頭の奥で何かがぴたりと噛み合った。
私は微笑んだまま手元のティーカップを見つめた。
周囲の令嬢たちは香りを褒め合い、楽しげに笑っている。
「まあ、いい香り……!」
「本当に珍しいお茶ですのね!」
その中で、私だけ時間が止まったようだった。
一口含んだ瞬間、舌の奥に重く残る、深い苦み。
胸の奥が、ひくりと波打つ。
甘く香り付けされているのに渋いお茶。
どこか焙煎茶のようなコク。
――やっぱり。間違いない……。
「珍しいでしょう?
カールトン伯爵夫人が出品されてたのよ。
去年の建国祭で知り合った異国の商人から仕入れたとても希少なお茶なんですって」
ソフィアの声が、少し遠く聞こえる。
まだ、確信には至らない。
けれど、胸に落ちた小さな違和感は、確かにそこに残っていた。
(……ソフィアは“珍しい茶葉”だと言った)
もしかしたら、取引先からある程度絞れるかもしれない――。
指先が、ほんのわずかに震える。
(……後でノアに、話さなきゃ)
ティーカップに注がれた淡い紅茶の色が、いつもより濃く見えた。
それでも私は、礼儀として出されたお茶を全て飲みきる。
すると、ソフィアが近寄ってきて、くすっと笑いながら耳打ちする。
「エリシア様にいい話があるの!
聞いたらきっと驚きますわよ」
「何でしょう?」
このタイミングでの声掛けに、私の心臓は嫌な音を立てた。
「アルヴェイン公爵が殿下が出品された手作りの品……全部引き取ろうとされてましたわ!」
「えっ!?」
思いもよらなかった話題に私は驚いて変な声を出してしまう。
「私が止めなきゃ、本当に全部持っていくところだったんだから!」
ソフィアが呆れたように言うけれど、その目はどこか楽しそうだった。
(……なに、それ)
呆れよりも先に、胸がじんと熱くなる。
そんな子どもみたいなことをあのノアがするだなんて……。
想像したことも無かった。
(可愛い……かも)
「見てみたかったです」
私の言葉にソフィアはふっと笑う。
「殿下の前ではきっとなさらないわ」
確かに、そうだろう。
私のいない所で、ノアが私のことを考えてくれている。
私のことになると、彼らしくないことをしている。
それが、とても嬉しくて……どこかこそばゆくて。
こんな状況なのに、心が温かくなるのを感じた。




