味方
翌週――春の陽は柔らかで暖かいのに、風はまだ少しだけ冷たいそんな春の日だった。
今日開かれるティーパーティー形式のバザーは、表の主催者はミッチェル伯爵夫人。
けれど、裏の主催者は私だ。
私が彼と並んで取り組む事業の小さな第一歩。
そして、今日はもう一つ。
ノアが、自分からエスコートを申し出てくれて、彼が贈ってくれた彼の瞳と同じ色のドレスを着ることができる。
その事実を思うだけで、自然と心が浮き立った。
「皇女殿下、アルヴェイン公爵がお迎えに来られました」
扉が開き、部屋に入ってきたノアの髪が光を受けて淡く輝いた。
思わず息を飲んだのは、ノアの服装のせいだった。
白と淡い青を基調に、金の刺繍が流れる凛とした正装――そして、その色合いが、今着ている私のドレスとまるで呼応するように調和していた。
気付いた瞬間、思わず息が止まる。
(もしかして……おそろい?)
それに、ノアの胸元には私の瞳と同じペリドットの宝石があしらわれている。
知らないふりなんて、できるわけがなかった。
思わず口元に手を当ててしまう。
お揃いのドレスに、お互いの髪や瞳の色の宝石を身につける意味を考えると……
(こんなの……意識しない方が無理!)
表情をどう作っていいのか、分からなかった。
だけど、胸の奥に広がるのは、気まずさや戸惑いより、恥ずかしさと喜びだ。
「エリシア様、とても綺麗です」
「ありがとう……ノア。
その……いただいた時から、ずっと着るのが楽しみで」
「光栄です」
短い返事だけど、その声色は確かに弾んでいて、ノアの感情が漏れ出ていた。
私はノアに手を取られて、ゆっくりと馬車へと向かった。
公爵領から帰ってきたノアはどこか変だ。
今までなら隠そうと距離を置いていたのに、今度は逆に見せびらかすみたい。
それが嬉しいのに、落ち着かなくて――。
それと同時に、いつかは終わるこの関係性が怖くて、
私は気付かないふりをした。
――――――――――
ミッチェル伯爵夫人が準備してくれた会場は、貴族や富裕層等がパーティーを開く際に使用するヴェルデ・ホールだ。
館の隣に庭園が付いた公共施設で貴族から富裕層、商人なんかも利用できる場所だ。
到着すると、庭園には色とりどりの花と、春を連れてくる香りが満ちていた。
中央にはテントが設置され、慈善品の数々が並べられている。
「……緊張していますか?」
ノアの低い声が、すぐそばで落ちる。
「少しだけ。
こういうパーティーを企画したのは初めてだから」
「そうですよね。
でも、エリシア様なら大丈夫です」
言いながら、ノアは私に微笑みかけた。
色んなものを抱えているのに、屈託なく笑うこの人の笑みに私は弱い。
「……ありがとう、ノア」
「いえ、こちらこそ。
今日はエリシア様のエスコートができて光栄です」
まっすぐに向けられた青い瞳。
その色は、今日のドレスと同じ色。
胸がまた熱くなる。
私たちは表向きの主催者であるミッチェル伯爵夫人がいるであろう館内に入った。
白を基調としたパーティー会場には既にたくさんの人が来ていて、あちこちから歓談の声が聞こえる。
その中央を、私とノアが並んで歩く。
周囲の視線が、一斉に集まるのを感じた。
「……まあ、殿下が到着されましたわ!」
「殿下のドレス、公爵様とお揃いですわね!」
「ドゥーカス家の公子が側近に加わったと聞きましたが……やはりお二人の仲は健在ですのね」
囁き声が波のように広がる。
(あ……そっか……)
このお揃いのドレスに込められた意味をずっと考えていた。
だけど、これは私情や恋情の類じゃなくて、革新派への牽制だ。
私のエスコートが誰かで、皇女がどの派閥を支持しているかが目に見えて分かる。
私のドレス一つで、ドゥーカス大公爵よりもアルヴェイン公爵に重きを置いていることが伝わる。
(自分の立場も考えずに盛り上がって……馬鹿みたい……)
胸の痛みを振り払うように、私は小さくため息をついた。
そこに銀糸のような髪をきちんとまとめた老婦人が歩み寄って来る。
深い紫のドレスは落ち着いた色味なのに、不思議と周囲を圧する存在感がある。
――ミッチェル伯爵夫人。
私の、母方の祖母だ。
打ち合わせのために何度か会っているが、母によく似たその眼差しを目にすると、胸の奥が締めつけられるような感覚がした。
「エリシア皇女殿下、アルヴェイン公爵閣下。
本日はお越しくださりありがとうございます」
ノアはいつも通りの涼やかな表情をして、頭を下げる。
「ミッチェル伯爵夫人。
本日はお招きいただき、ありがとうございます」
社交の場のノアは、隙がなくて誇らしい。
私もノアに合わせて一礼した。
「本日は、このような素敵な場にお招きいただき、ありがとうございます」
言葉は丁寧に出したはずなのに、声が少し震えたのが自分でも分かる。
すると、伯爵夫人は小さく微笑んだ。
「お二人とも、その衣装、とても素敵ですわ。
今年の社交界で流行るでしょうね」
その声音には、静かな確信と愉悦があった。
「それに、若き日のロペス公を思い出すわ。
レイリア様によく青いドレスや宝石を贈っていらしたもの」
そう言われた瞬間、私は思わずノアを見る。
ノアはわずかに固まって、すぐ視線を逸らした。
(……え、ノア?
もしかして、この色……)
「……殿下が引き立つように、です」
少しだけ声が低い。
けれど、その耳先がほんのり赤いことに私は気付いた。
それはミッチェル伯爵夫人も一緒で、彼女はそれを見逃さなかった。
「ふふ……若いわねぇ」
周囲の貴族たちも、妙に温かい目でこちらを見てくる。
(なにこれ!
なんか、恥ずかしい……)
私は思わずノアの袖をつまんだ。
すると彼は、ほとんど無意識のように私の手を包み込む。
指先が触れた瞬間、熱が肌に移る。
「緊張しなくていいわ。
今日は“家族の顔を見に来た”のでしょう」
ミッチェル伯爵夫人の気遣いに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
――家族。
その響きを噛みしめる間もなく、周囲から視線が集まるのを感じた。
「このような場にアルヴェイン公爵と皇女殿下を招待できるとは」
「アメリア様が亡くなっても、皇女殿下が重きを置いているのなら、ミッチェル家も安泰ですな」
社交界では、私の言動一つ一つが政治の材料になる。
(分かりきっていたこと……)
だから、ノアはミッチェル伯爵家を開催家門に選んだのだから……。
すると、彼はほんの少しだけ距離を詰める。
肩が触れ合うほど近くで、低く囁いた。
「……大丈夫、ですか?」
「だ、大丈夫……ただ、注目されすぎてる気がして」
「それは、殿下が綺麗だからでしょう」
あまりにも自然に言うから、心臓が大きく鳴る。
(こんな所で……!)
私は首を大きく振った。
「周りが気になる時は……」
ノアは静かに言った。
「私だけを見ていてください」
その言葉が、胸に落ちた瞬間。
私は、彼のその端正な横顔から視線を逸らせなくなった。
周囲はそのやり取りを見逃さない。
「……あら!」
「公爵様が、あんな顔をするなんて」
「案外、いい仲なのでは……」
そんな声が重なり、空気がじんわりと甘くなる。
「ただの噂話に惑わされないでください」
ノアが正面に向き直って、静かに言う。
「大丈夫です。
たとえ誰が何と言おうと、私はエリシア様の味方です」
頼ってばかりは良くないと分かっている。
だけど、彼がそばで味方として立ってくれている。
そう思うだけで心強かった。




