早春
それから季節は巡り、冬が過ぎ、花の蕾が膨らみ始めた。
今年は寒波が強く、大雪が続いた影響で私は帝都から出ることが出来ず、ノアとは会えていない。
会えないあいだ、私は毎日のようにノア宛の手紙を書いていた。
雪の影響で、送って返ってくるのを一月に一度程度しか出来ないから、送れなかった手紙が引き出しに溜まっていく。
それでも、ノアから返事が来たら、また書き直してしまう。
ノアに早く会いたい。
でも、少しでも体調が良くなって元気になっていて欲しい。
毎晩、眠る前にそんな想いが頭を巡る。
だけど、明日はいよいよノアが帝都に帰ってくる。
ここ最近は、その日が来るのを指折り数えていた。
「明日は出迎えに行かれるのですか?」
いつにもなく上機嫌な私に、ルーナが尋ねる。
「それなら、明日は朝からおめかししましょう!」
そう言って明るい声を出したのはサーシャだ。
彼女は侍女ではないが、下働きを経て、今はメイドとして皇太子宮で働いている。
ノアへの想いを、二人に打ち明けたことはない。
それでも――きっと、もう気づかれているのだろう。
皇女として褒められることではないと分かっている。
それなのに、気持ちは少しずつ、隠しきれなくなっていた。
もちろん、公の場では出したりしていないけれど……。
「行ってもいいのかな?」
冬は社交界のオフシーズンにあたり、多くの貴族が領地に戻っている時期だ。
春になれば、また帝都へと集まってくる。
そんな中で、ノアだけを出迎えるのは、出すぎた真似ではないか――
そんな不安が、胸をよぎる。
「公爵様は殿下の側近で幼馴染です。
療養から戻られたのですし、出迎えられても不自然じゃないですよ」
「おそらく出迎えに行かなくても、公爵様の方から来られるでしょうけど……。
出迎えがあると嬉しいものですよ!」
「じゃあ行こうかな!」
二人の言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
私の返事を聞いたサーシャは、ぱっと表情を明るくして、さっそくドレスを探しに向かった。
公務を終えると、私の前にはいくつかのドレスが並べられていた。
どれも公務の妨げにならない、控えめで上品なもの。
けれど、その中にほんの少しだけ、可愛らしさが添えられている。
(本当は……)
ノアの瞳の色と同じ、淡い青のドレスを着たい。
けれど、それでは気持ちが前に出過ぎてしまう気もして――。
「エリシア様。
白地のドレスに、空色のリボンを添えるのはいかがでしょう?」
まるで心を読まれたような提案に、私は思わず目を瞬かせた。
そして、自然と笑みがこぼれる。
「いい提案だわ。ありがとう」
あれから私は、皇女としての務めを果たしながら、弟のレオンが生きていた場合に、滞りなく皇位継承権を譲れるよう、静かに準備を進めてきた。
レオンが生きていてくれたなら――
それは、何よりも嬉しいことだ。
けれど同時に、私自身の居場所が失われるのではないかという不安も、消えずにあった。
アルヴェイン公爵家が仕えるのは、皇太子だ。
もしレオンが皇太子に任命されれば、ノアは彼の側近となる。
つまり、私とノアの接点は失われる。
そう思うと、胸が締め付けられた。
それに、皇位継承権を失った皇女に課せられる役目は、婚姻だ。
国の利益となる結婚をしなければならない。
セレスティア帝国では、皇子は自由に相手を選べる。
けれど、皇女は違う。
皇姉サラがドゥーカス大公爵家に嫁いだように、有力貴族や同盟国へと嫁ぎ、政治の一部として生きる。
(……そのために、私はここまで生き残ったの?)
答えの出ない問いが、胸に残る。
それでも――この国の皇女として生まれた以上、それが運命なのだ。
仕方がない。
だから私は、私にできることをするだけだった。
まずはキースやルーナ、フレディと協力し、旧男爵領で起こった出来事を資料としてまとめ、提出できる状態に整えた。
さらに、旧男爵邸で見つかった文書をもとに、当時男爵と交友のあった家門を洗い出した。
旧男爵領の領地民については、ノアがアルヴェイン公爵領にて保護することになった。
そして、自身の従者として、ドゥーカス大公爵から推挙されたカイン・ドゥーカスを任命した。
当然、皇帝派から反発を受けたが、ノアの不在を埋める働き手が必要だったのはもちろん、カインを私の従者とすればドゥーカス家側の動きも知れるし、何より敵を傍に置くことは自分自身を守ることにもなる。
あの男爵領をアルヴェイン公爵家に譲る判断を簡単にしたドゥーカス大公爵は、政敵であっても襲撃犯では無いと確信したのも決め手だった。
現にカインは、確かに扱いにくい人だけど……。
悪人でも無かった。
ある日、私の近くにいれば命を狙われる可能性もあると伝えると、「アルヴェイン公爵には及びませんが、私もアカデミーで剣術の成績は首席でしたからお役に立てるかと……」と答えた。
他にも様々な場で、彼は「アルヴェイン公爵には及びませんが」という前置きを使った。
恐らく、幼い頃からノアと比べられて育ったのだろう。
ノアのことを話す彼に「ドゥーカス公子はノアに憧れているのですか?」と尋ねると、彼は顔を真っ赤にした。
憧れ、嫉妬し、それでも追い続ける――
そんな感情を、彼はずっと抱えてきたのだと、この半年でよく分かった。
ノアほど機転が利くわけでもなく、近衛を導くほどの剣士でもない。
それでも仕事は丁寧で、ミスもない。
公務を共にする相手として、これ以上ないほど誠実だった。
けれど――決して気を許してよい相手ではない。
ドゥーカス家が彼を私の側近として推挙したのは、いずれ私の婚約者とするためだろう。
同年代で、真面目で、容姿も整っている。
令嬢の多くが「結婚したい相手」にあげる人物だ。
政略結婚の相手としては、申し分ない。
……だけど、どうせ政略結婚をするのなら。
せめて、ノアの味方になる人がいい。
「公爵様が帰還されるのでしたら、バザー用のドレスも持ち帰られるのでは? 楽しみですね!」
サーシャの声に、現実へと引き戻される。
来週、ミッチェル伯爵家でバザーが開かれる。
ノアは約束通り、その場で私をエスコートしてくれる。
その日のためのドレスを贈りたいと、先日、採寸までしたのだった。
「はい。……とても、楽しみです」
帝国では、恋人や婚約者、意中の相手を夜会でエスコートする際、
自分の瞳や髪の色に合わせたドレスを贈る風習がある。
今回はティーパーティ形式のバザーだし、
そこまで深い意味はない――はずだ。
それでも。
ノアが、私のことを思って贈り物を選んでくれる。
それだけで、胸が温かく満たされていった。
こちらの新章で物語はクライマックスに向かいます!
現在、執筆中ですが、内容を熟考しながら進めているので連載がゆっくりになるかもしれません。
よろしくお願い致します。




