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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
探訪編

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旧男爵領

 翌日、私たちは旧ジャイロ男爵領に向かった。

 街は、地図で見るよりもずっと静かだった。


 石畳はところどころ欠け、往来する人影もほとんど無い。

 同じ帝国の土地だとは思えないほど、活気というものが感じられない。


「……思っていたより、落ち着いた街ですね」


 思わずそう口にすると、隣を歩くハルが短く息を吐いた。


「落ち着いている、というより――錆びれているな」


 その言葉に、胸の奥がわずかに冷える。


 ノアは先行して、街全体と周辺の確認を行っている。

 私とハルとキースは、まず街の様子を見る名目で、通りを歩きながら聞き込みを始めた。


 最初に声をかけたのは、青果を並べる年配の女性だった。

 少し世間話をした後にそれとなく話を振る。


「五年前、この辺りで何かありませんでしたか?」


 一瞬だけ、女性の手が止まった。

 それから、用意されていたかのように、淡々と口を開く。


「ええ、ありましたよ。

 山賊が出たって話でした。

 あの年は物騒でしてねえ」


 山賊。

 胸の中で、その言葉を反芻する。


「他には?」


「特には……。

 旅人や商人なんかが山賊の被害にあったんだって」


 それ以上は、何も語られなかった。


 次に訪ねた鍛冶屋の男も、酒場の給仕も、路地裏の老人も――

 返ってくる答えは、驚くほど似通っていた。


「山賊が出たらしい」

「あの年の秋は物騒だったと聞いています」

「村人からも被害が出たって話だ」


 全員が、「山賊」という単語を、まるで決まり文句のように使う。

 五年前、他にも色んなことがあっただろうに、秋のその出来事だけを口にする。


 街外れの井戸で水を汲んでいた若い女性に話を聞いたときも、同じだった。


「……怖い事件でしたよね」


 そう言うと、彼女は一瞬だけ視線を泳がせてから、答えた。


「はい。

 山賊の仕業だって……そう聞いています」


 聞いています、という言い方。

 まるで、自分の記憶ではないかのような。

 その場を離れ、通りの角を曲がったところで、私は足を止めた。


「ハル」


「不気味だな」


 私が何も言わなくても、彼は即座に答えた。


「……皆、同じ言い方をしていました」


「語尾までな。

 『らしい』『そうだと聞いた』。

 まるで、誰かがそう言えと教えたみたいに」


 胸の奥に、冷たいものが沈んでいく。


「……この街は、何かを隠していますね」


 そう呟くと、ハルはゆっくり頷いた。


「だろうな」

 

「山賊に殺されたなら、もっと混乱や恐怖の記憶が残るはず」


「残ってるのは、言葉だけ、か」


 ハルが皮肉めいた笑みを浮かべる。


「誰かが、先回りして“物語”を配ったんだろうな」


 私は目を伏せた。


 ノアが、なぜこの土地を調べようとしていたのか。

 少しずつ、輪郭が見え始めていた。


 その時、不意に背後から足音が近づいた。


「どうやら、初日はこれ以上深追いしない方がよさそうですね」


 振り返ると、ノアが立っていた。

 穏やかな表情。

 けれど、その視線は、街全体を値踏みするように鋭かった。


――――――――――


 二日目の朝。

 

 宿には、廊下を行き交う足音。

 階下からは食事の準備をする音。

 窓の外では、馬の嘶きが聞こえる。


 それらが、妙に現実味を伴って耳に入ってきた。


 ノアは机に広げた書類を確認し、ハルは窓際に立ち、腕を組んだまま外を見ていた。


 暫くして、その沈黙を破るようにキースが部屋に戻って来た。


「ノア様、報告が入りました!」


 短い一言で、部屋の空気が引き締まる。


「エルダールへ向かった馬車が、途中で襲撃を受けたそうです」


 一瞬、思考が止まる。

 驚きよりも、罪悪感に襲われた。


「護衛がすぐ対応し、目立った損害は無いとのことです」


 キースは淡々と続ける。


「負傷した者はいますが、死者は出ていません」


 それを聞いて、息を吐く。


 ——皆、無事だった。


 少しホッとしたが、胸の奥に残る重さは消えなかった。


 あの馬車は、本来なら私が乗るはずだったものだ。

 私がここにいる代わりに、あの人たちが襲われた……。


 覚悟はしていた。

 皇女として名乗り出た時点で、いつか襲撃を受けることは分かっていたはずなのに。


 それでも、現実として知らされると、やはり胸の奥が冷える。


 私は小さく背筋を伸ばした。

 視線を上げると、ノアと目が合う。

 その視線は、確かにこちらを気遣っていた。


「……大丈夫です」


 声は、思っていたより落ち着いていた。

 自分でも少しだけ、意外に思う。


 その時、ハルがこちらに近づいて頭をポンポンと叩いた。


「無理はするな」


 低い声で、短い言葉。

 それだけだったが、不思議と胸の奥の張りが少し緩んだ。


「ありがとう」


 私は微笑んで、そう答えた。


 誰にも悟らせないつもりだったけど、

 この人達の前では完全には隠しきれないらしい。


 短い沈黙のあと、ノアが口を開いた。


「……一層、気を引き締めて行動しましょう。

 ですが、前向きな材料でもあります」


 視線が、ゆっくりと私たちを巡る。


「襲撃を受けたのは“表に出ている一団”です。

 こちらの実際の動きは、まだ読まれていない可能性が高い」


 ハルが小さく息を吐いた。


「確かに。読まれているなら、向こうへの襲撃は無かったはずだ」


 私は黙って頷く。


 完全に安全だとは思わない。

 けれど、闇の中を手探りで進んでいるわけではないという事実は、確かに心を支えた。


「昨日の街での聞き込みを踏まえて、

 今日の動きを整理しましょう」


「住民の証言は、細部こそ違えど、要点は一致していました」


「皆、同じ言い方をしていました」


 私がそう言うと、ノアは短く頷いた。


「意図的に刷り込まれた可能性がありますね。

 これ以上、街の人に話を聞いても変わらないでしょう」


 そこで、私達は旧ジャイロ男爵邸を捜索することにした。


 旧ジャイロ男爵邸は、街外れの緩やかな丘の上にあった。


 かつては誇り高く立っていたのであろう門扉は、片側が外れたまま斜めに傾き、風が吹くたびに低く軋む音を立てている。


 敷地を囲む生垣は手入れを失い、枝は好き勝手に伸び、道を塞ぐように絡み合っていた。


「……何年か経っていますからね」


 キースが誰に言うでもなく呟く。

 足元では小石が転がる音がした。


 玄関扉は施錠されていなかった。

 鍵穴は壊され、扉板には無遠慮にこじ開けられた痕が残っている。


 中へ一歩足を踏み入れた瞬間、鼻を突いたのは、澱んだ空気と埃の匂いだった。


 床板には薄く砂が積もり、足を進めるたびに、かすかな音が立つ。

 窓は割れ、差し込む光は細く、頼りない。


 人が住まなくなった家の気配。

 それだけでなく、人が去ったあとに、何度も踏み荒らされた痕跡があった。


 家具の引き出しは無造作に引き抜かれ、空のまま床に転がっている。

 壁に掛けられていたであろう絵画は跡だけを残し、剥がれた釘が虚しく突き出ていた。


「空き巣……でしょうね」


 キースが低く言う。


「しかも、一度や二度では無いな」


 書斎に入ると、それはさらに顕著だった。


 書棚は荒らされ、背表紙の色がまばらに抜けている。

 床には紙が散乱している。

 宝石や金品等の価値がありそうなものは、すでに持ち去られているのだろう。


 だが、机の奥、倒れた椅子の陰に木箱がひとつあった。


 蓋を開けた瞬間、ふわりと埃が舞い上がり、思わず咳き込む。

 中に詰められていた書類は、黄ばみ、端が湿気で波打っていた。


 紙に触れると、指先にざらりとした感触が残る。

 インクは滲み、ところどころ判読しづらい。


 旧男爵邸で集めた資料のうち、持ち帰るものは最小限に絞った。


 帳簿の断片、用途不明の出納記録、年代の合わない往復書簡。

 どれも埃にまみれ、価値があるのかどうか一見しては分からないものばかりだ。


「これ以上は、宿舎で精査した方がいいでしょう」


 ノアがそう判断を下し、役割は自然と分かれた。


 私とキースは宿に戻り、資料の仕分け。

 ノアとハルは馬で領地全体を見て回ることになった。


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