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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
探訪編

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出立

 皇太子宮の前庭には、朝の冷たい空気が満ちていた。


 私は皇女としての正装に身を包み、静かに辺りを見渡す。

 煌びやかな今日の衣装は、動くたびに光を含み、周囲の視線を否応なく集めた。


 ――今日は、隣国エルダールへ出立する日


 そう見えるように、すべてが整えられている。


「久しぶりだな」

 

 出立の準備で慌ただしい前庭の片隅で、私は足を止めた。

 振り向いた先にいたのは、変わらない笑みを浮かべたハルだった。


「……ハル」


 名前を呼んだ瞬間、胸の奥がふっと緩む。

 調査への同行が決まってからは、彼とはほとんど顔を合わせていない。

 忙しいと聞いてはいたけれど――こうして目の前に立たれると、思っていた以上に懐かしかった。


「緊張感のある朝だな」


「……公務ですから」


「はいはい。今は“皇女殿下”だもんな」


 相変わらずの軽口だ。

 けれど、その声音には久しぶりの再会を確かめ合うような温度があった。


「元気そうで安心した。

 いや、元気じゃなきゃ困る立場になった、か」


「ハルこそ……」


「連絡しないで悪かった。

 一緒に行くために公務を前倒しにしたから、忙しかった」


 そう言いながら、ちらりと私の背後を見る。

 視線の先には、少し離れた場所で指示を出しているノアの姿があった。


「……ちゃんと話せたか?」


 その一言に、どう答えるべきか悩んだ。


「うん。

 ハルがノアに話してくれたんでしょ?

 ありがとう」


「俺はただ、その場を設けただけだ」


 軽く言って、ハルは笑った。

 でも、その笑みはどこか静かで痛みを含んでいる。


「俺はお前が落ち込んでんのを見ていられなかっただけだ」


 ハルはいつも優しい。

 自分の気持ちを抑えて、誰かを気遣える人だ。


「エリシア」


 久しぶりに、誰かに"敬称"無しで呼んで貰えた。

 それだけで、少し心が解れる。


「怖くなったら、立ち止まれよ。

 お前には公爵も俺もいる。

 一人で背負う必要はない」


「……うん」


「分かってない顔だな」


 そう言って、彼は私の頭に軽く手を置いた。

 それが懐かしくて、心が安らぐ。


「ありがとう」


「行ってこいよ。

 もう、ちゃんと隣に立てるだろ」


 その意味を問い返す前に、ハルは一歩引いて背後に視線を向ける。


 振り返ると、ノアがこちらを見ていた。

 視線が合い、ほんの一瞬、驚いたように目を見開いてから、すぐに表情を整える。


 私は小さく頷くと、ハルに笑いかけた。


「でも、ハルも来てくれるんでしょ!

 一緒に行こう」


 彼は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにふっと笑う。


「そういうとこ」


 そう小さく呟きながらもハルは一緒に隣を歩いてくれた。


 馬車に近付くと、


「皇女殿下」


 ノアが一歩前に出て、形式通りに深く一礼した。

 背筋を伸ばし、感情を伏せた顔。

 その完璧さに、胸の奥が少しだけ疼く。


「準備は整っております」


「ありがとうございます」


 私は微笑みを返し、皇女として頷いた。


 しばらくして、私たちは馬車に乗り込んだ。

 私の前側にノアが座ったから、最後に入ってきたハルが気まずそうに首を傾げる。


 (そういえば……

 ノアとハルって仲良くないのかな?)


「ハル、隣に座って」


 私がそう声をかけると、彼は素直に腰を下ろした。

 

 馬車が走り出すと、外界の音は遮られ、内部には規則的な揺れだけが残った。


 先ほどまでの緊張が、少しずつほどけていくのが分かる。

 皇女としての仮面を外したからか、それとも――この顔ぶれのせいか。


「……なんか、変な感じだな」


 沈黙を破ったのは、やはりハルだった。


「改めて思うと、帝国の皇女殿下と公爵様と同じ馬車って……」


「ハルだって王太子でしょ」


 そう指摘すると、ハルは肩をすくめて笑った。


「はいはい。エリシア皇女殿下」

「ハルシオン王太子殿下」


「墓穴を掘ったな」


 こうして誰かと冗談を言い合うのも凄く久しぶりな気がした。


「そういえば、これから先は身分を隠すんだよね……

 呼び方とか変えないと……」


「あぁ……そうだな」


 私とハルは二人揃って前に座ったノアを見る。

 ノアはそれに気付くと、書類に向けていた視線を上げた。


「そうですね。

 私たち三人は領地再編成に伴う帝国の調査団の同僚といったていで動こうと思っています」


「そうか。

 なら軽い感じで話す方が良さそうだな。

 それと呼び方も変えないとな」


「ハルはハル、ノアはノアでいいんじゃない?」


 私の提案に、ノアとハルは二人とも少し嫌そうな顔をする。


「ダメ?」


「いや、お前が言うなら……」

「エリシア様が仰るなら……」


「じゃあそうしましょう!

 私は好きに呼んでもらって大丈夫!」


 あえて、“好きに呼んでいい”と言ったことに、胸がちくりとする。


「分かりました」


「今思えば、お前たちってずっと敬語だな。

 幼なじみなんだろ?」

 

 ハルの言葉に私はギクッとした。


「公爵……いや、その……ノアは従者だから分かるとして、エリシアは……」


 ハルがノアと呼ぶのがあまりにも不格好で思わずクスッと笑ってしまった。


 でも、確かに……。


 昔からノアには憧れがあって敬語混じりな変な話し方をしていた気がする。

 それに五年のブランクと、セラとして接触していた期間が相まって、今では完全に敬語だ。


「だって……その……ノアは高嶺の花だから……」


 私の答えにハルは吹き出した。


「花って……」


「ハルには分からないよ!

 だよね、ノア?」


 ノアに話を振ってから、私は間違ったと思った。


「私ですか?」


 案の定、ノアは困ったようにしている。

 

「っ……ノアに聞くのは間違いだろっ」


 隣でハルは爆笑しながら指摘した。


「もう」


「まぁ……この旅の間に少しは高嶺の花に近付けるといいな」


 ハルのからかいがいつもにまして酷い気がする。


「それをノアの前で言わないで」


「はいはい」


 ハルは背中を後ろに預け、気楽な口調で話す。

 ノアとハルが上手くいかないかも?と心配したけど、ハルがこんなにリラックスして話しているから少し安心した。


 私はふと、ノアの方を見る。

 彼は背筋を伸ばしたまま、膝の上で手を組んでいた。

 どこかいつもより鋭くて硬い感じがする。

 まるでちょっと怒っている……みたいな。


「ノア」


 声をかけると、彼はすぐにこちらを見る。


「うるさくしてごめんなさい」


 私の言葉にノアは、驚いたように言葉に詰まったように見えた。


「……いえ、そんなことは無いですよ。

 ただ、おふたりは仲が良いなと思っていただけです」


 そう言って、少しだけ視線を和らげる。


 その穏やかな表情の奥に、言葉にならない何かが沈んでいることに私は気付けなかった。

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