密談
side ノア
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昼過ぎの皇宮は、不思議なほど穏やかだった。
陽光が窓から差し込み、執務室の床に淡い輪郭を描いている。
――この時間を選んだのは、意図的だった。
夜の闇は、余計な感情を呼び起こす。
昼の光の下なら、理性的な会話ができると思った。
ノックの音がした。
「どうぞ」
扉を開けて現れたのは、ハルだった。
整えられた身なり。
だが、その表情はどこか探るようで、警戒を含んでいる。
「呼び出しとは珍しいな」
珍しいどころか、彼とこうして約束をしてまで話すのは初めてだ。
「突然で、すみません」
ノアは机から離れ、向かいの椅子を示した。
「お座りください」
ハルは一瞬だけ眉を上げたが、何も言わず腰を下ろす。
「……手紙に“公にできない話”とあったが」
探るような視線を向けて続ける。
「エリシアのことか?」
ノアはすぐに答えなかった。
一度、息を整えてから口を開く。
「五年前の事件についてです」
ハルの目が、わずかに細くなった。
「皇太子一家襲撃事件?」
「はい」
否定も誤魔化しもしない。
もうする必要がない。
ハルは椅子の背もたれに深く身を預けた。
「それを、なぜ俺に?」
「エリシア様が動かれていますね」
その一言で、ハルの雰囲気が変わる。
「……やっぱり気付いていたんだな」
「はい」
「止めないのか」
「キースが止めました」
ノアは正直に答える。
「ですが、聞いてくださる方ではありません」
ハルは視線を落とし、指先で椅子の肘掛けを叩いた。
「……それで?俺を呼んだ理由は?」
ノアは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「あなたなら、彼女を止められますか?」
ハルは小さく笑った。
「どうして俺が……。
公爵が無理なら俺にできるはずないだろう」
「そう……ですか」
「……エリシアと一緒に真相を追求する気は無いのか?」
ハルの視線が、鋭くノアを射抜いた。
「できればしたくありません。
危険ですから。
ですが、もし彼女を止められないのであれば、そばに居る方が安全だとは思っています」
ノアは一息ついて続けた。
「もしエリシア様が同行されるのであれば、陛下を納得させなければなりません。
表向きはエリシア様の身辺整理ということにしようと思っています。
例えばエルダールに滞在中、お世話になった方たちへのお礼参りのような……」
短く説明すると、ハルは低く息を吐いた。
「その為には、俺の口裏合わせが必要ってことか?」
「はい」
ハルは沈黙したまま、しばらく考え込んだ。
「わかった。だけど――」
ハルははっきりと言った。
「エリシアが行くなら、俺も行く」
迷いのない声。
「それが許可されるなら協力する」
ノアは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……条件があります」
「聞こう」
「私が全体の指揮を執ります。
危険度が一定以上に達した場合、即時撤退。
その判断に、異議は認めません」
ハルは少しだけ考え、すぐに答えた。
「いいだろう」
「もう一つ」
ノアの視線が鋭くなる。
「あなた自身の身が危険になるような判断も、私が止めます」
ハルは、ふっと笑った。
「随分と過保護だな」
「……あなたは王太子です。
あくまでも護衛対象ですから」
一瞬、空気が止まる。
ハルは、真剣な眼差しでノアを見た。
「それは、エリシアのためか?」
「……半分は」
ノアは正直に答えた。
「残り半分は、国のためです」
ハルは、何も言わずにうなずいた。
「分かった。
その条件、すべて呑もう。
それと、この話は公爵からエリシアに話してくれ」
その提案に、ノアは目を丸くした。
意外だった。
ハルはてっきり、自分で伝えようとすると思っていた。
「どうして……ですか?」
「エリシアに全然会ってないだろ。
あいつは待っている。あんたが来るのを」
ノアは一瞬だけ躊躇い、それでも平然を装った。
「……分かりました」
昼下がりの光は変わらず穏やかで、これから始まる旅が、どんなものになるか、誰も予想できなかった。




