隣に立ちたい
目線修正しました(2/3)
ハルが部屋に来れば、人払いが簡単にできるからと、あの日からハルは、私が集中して考えられる時間を作れるようにと、夜に訪ねてきてくれるようになった。
私が記録と睨めっこし、メモをとって考察する間、彼は何をするでもなくただ同じ空間にいる。
ふと、執務机から、窓辺に立って本を読むハルを見る。
窓明かりに煌めく白銀の髪、整った目鼻立ちに細くて長い手足。文句のつけようがないほど美しい人。
私には勿体なすぎる人。
彼の優しさに甘えてばかりなのがいけないことは分かっている。
「そんな目で見られたら勘違いしそうになるんだけど」
いつの間にか、こちらの目線に気付いたハルが私を見ていた。
「な、何がよ」
「エリシアも俺のことが好きなのかって」
「なんでそうなるのよ!」
「最近は、公爵とは会っていないのか?」
その言葉に胸がズキンと痛んだ。
ハルの言う通り、ノアは皇太子宮に入宮した当初は毎日顔を出してくれていたけど、最近は会えていない。
というより、どこか避けられている気もする。
「うん。二週間くらいだけどね」
王太子の立場を考えればおかしいのに、彼の方が従者のように私を訪ねてくる。そんなハルも、冬が来る前にはエルダールへ帰国する。
そう思うと、一気に寂しさを感じた。
俯いた私を気遣うように、彼はこちらに歩み寄る。
「そんな顔するなら、一緒にエルダールへ連れて帰るぞ」
「そんなの無理でしょ」
「できるなら、そうしたいのか?」
「そんなこと……」
ハルの言葉に言葉が詰まる。タラレバなんて考えても仕方ない。私はやるべき事の為にこの国、セレスティア帝国の皇女として立った。
だけど、自分でも抱えきれないほどの闇を実際に目の当たりにして、少し心細くなっているのも事実だった。
こんな時、同じ闇と戦う相手として、ノアと話ができたらいいのに……。
彼は急に来てくれなくなり、私も私で意識するあまり、自分から彼を呼ぶことができなくなっていた。
ふと、目の前にもう一人、自分と同じ境遇に立っていた人が居ることを思い出す。
忘れていたわけじゃない。
ただ、彼があまりにも何もなかったかのように振る舞っているから、考えられていなかった。
「ハル……相談してもいい?」
「……どうした?」
「事件について調べれば調べるほど、決意が揺らいでるわけじゃないんだけど、何かちょっと、怖くなっちゃって……」
「分かるよ。
というか、当たり前だろ。
自分を殺そうとしている相手を調べてるんだ。
怖いに決まってる」
ハルは私のほうをしっかりと見て続ける。
「それでも、エリシアはちゃんと向き合って、自分で知ろうとしてる。
俺はそうやって行動に移すことも、考えることも諦めていた」
エルダールで全てを諦めたような顔をしていたハルを思い出す。
彼が両親を亡くしたのは七歳で、親族にも裏切られ、信じられる人も居らず、孤独で……。
それに耐えるために心を閉ざしたのだと思うと、何度考えても苦しくて胸が痛んだ。
「だから、自分の意思で立ち向かおうとしているエリシアは凄いし、尊敬する。
そんで、そういう所が好きでほっとけない」
急な告白に嬉しさと恥ずかしさと気まずさが混濁する。
「ありが……とう」
「俺が直接、手を貸せたらいいんだが……この件はそうもいかないからな。
だから、一度、ちゃんとアルヴェイン公爵と話すべきだと思う」
ノアの顔が脳裏に浮かぶ。
あの穏やかな微笑の裏で、危険をすべて一人で引き受ける表情。
彼に全てを打ち明けて、一緒に歩みたい。
だけど……
「ノアは私を対等に見てくれない」
そう。彼は、私を"皇女"としか見てくれない。
その事実を言葉にしようとした途端、胸に張り裂けそうな痛みが走る。
彼は、私を大切にしてくれる。
だからこそ、私を危険から遠ざけ、何も選ばせてくれない。
様々な場面で嫌という程、思い知らされる。
皇族という地位は、彼の一番でいられる。
今だって会いたいと言えば、すぐに会いに来てくれるだろうし、もっと自分のそばにいて欲しいと願えば必ず時間を作ってくれるだろう。
だけど、それは命令というか、義務であって、彼が心から望んですることではない。
そう気付くと、何だか虚しくて、むしろ距離を置いた方が楽なような気がした。
どれだけ近くても一線は越えられない関係なのだ。
「せっかく話せるようになったのに、どうしてそうなるんだ」
ハルは溜息まじりに肩をすくめた。
「公爵が調査に出るつもりなら、同行すればいいんじゃないのか?」
「ノアが連れて行ってくれるとは思えない」
「皇女として命令すれば?」
「逆効果な気がする。
従うふりをして、私を安全な場所に閉じ込めそう」
その言葉に、ハルは小さく笑った。
「さすが、長年の護衛殿。
性格をよく分かってる」
皮肉なのか、感心なのか。
どちらとも取れる声音だった。
私は膝の上で指を組み、視線を落とす。
「でも、エリシアの気持ちが変わらないなら……」
ハルが言葉を継ぐ。
「隠れて調べるか、説得するしかないだろう」
視線が絡む。
二人とも、同じ結論にたどり着いていた。
「問題は、隠し通せるか、だな」
ハルは壁にもたれて腕を組む。
「公爵は計画を悟らせない。
出発直前まで誰にも言わないだろうな」
「……キースは知ってる気がする。
でも、聞いても教えてくれるわけない。
それに、なんだか裏切るみたいで……」
言葉の端が、揺れた。
ハルは一瞬、黙り込む。
それから、慎重に口を開いた。
「直接聞く必要はない」
「え?」
「公爵が動くなら、必ず動く場所がある」
ハルは指を立てる。
「近衛の訓練日程とか、馬と物資。
それから――人員の配置替え」
王太子として、戦の準備を見る目だった。
「特に人の動きは誤魔化せない」
「……調べればいいの?」
ハルは口角を上げた。
「あぁ、それこそ皇女の特権を使えばいい」
「じゃあ……もし分かったとして」
私は、ためらいながら続ける。
「どうやって一緒に行く?」
「変装とか?」
ハルは即答した。
「すぐにバレるだろうな」
「それに……怒る、よね」
思わず苦笑が漏れる。
ノアの顔が、また浮かぶ。
困ったように眉を下げ、静かに怒るあの表情。
「怒るだろうな」
ハルが、少しだけ真剣な声になる。
「困らせたくはないの……。
でも、置いていかれるのは嫌」
私は、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。
「それでも行きたいんだろ?」
問われて、迷いはなかった。
「うん」
短く、はっきりと答える。
ハルはその覚悟を受け止め、深くうなずいた。
「じゃあ決まりだ」
そして、少しだけ笑う。
「説得するしかないな」




