家族会議
皇都、ドゥーカス大公爵邸
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煌びやかなシャンデリアの光が、金と深紅で飾られた応接室を照らしていた。
分厚いカーテンが閉ざされ、外界の光は一切入らない。
そこにはドゥーカス大公爵を筆頭に、夫人で皇姉のサラ、息子のアドルフとその妻アンナ、そして孫たち――ジェシカとカインが揃っていた。
話題は勿論、皇女の帰還についてだ。
ドゥーカス大公爵家が謹慎期間中の出来事に革新派の家門は大きく揺れ、昼間は面会に来るものが後を絶たなかった。
重苦しい沈黙の中、最初に口を開いたのはアドルフの妻、アンナだった。
「……つまり、あの娘が“生きていた”というわけですか」
その声音には焦りと苛立ちが滲んでいる。
「このタイミングで皇女として帰還するとは……このままでは、皇太子の座が」
「落ち着け、アドルフ」
低く響く声が、すべての空気を制した。
威厳に満ちた白髪の男――ドゥーカス大公爵はゆっくりとワインを傾ける。
「戻ってきたのは“皇子”ではない。皇女だ。
皇位継承権は持つが、実際の即位には保守派が反対するだろう。
陛下も老い、国の安定を求めておられる。
男子を次代に立てるのが理であろう」
誰もが納得しそうな台詞に意義を申し立てたのは大公爵夫人であり、皇姉のサラだった。
「あら、そうかしら。
すでにアルヴェイン公爵を始め、皇帝派の重鎮が支持を表明しているわ。
それに、あのエルダールの聖女が帝国の失われた皇女だと分かったのよ。
民衆の受けがいいのは目に見えているでしょ」
「くそ、せっかくフローレンス公爵家のおぼっちゃまを陥れるのに苦労したってのに……」
アドルフは唇を噛んだが、すぐに表情を整えた。
「……では、私の息子――カインを皇女の婚約者に推しましょう。
陛下に“皇族と外戚の強固な血”を提案するのです」
その提案に、妻のアンナが首を傾げる。
「でも、確か、セラ嬢はエルダールの王太子と恋仲だったのでは無くって?」
その言葉に、大公爵は笑った。
「もし皇女が他国の王子と良い仲なら、むしろ好都合。
嫁いでくれれば皇太子の座は我が家に下りてくる。
この国の政は我らが支える形になる」
「まぁ、アルヴェイン公爵がそのような方を擁立されますでしょうか」
サラの言葉に大公爵は軽く顎に手を当てた。
「ふむ」
「では、やはりカインを皇女に接近させましょう」
アンナの提案に、カインは他人事のように視線を伏せた。
「それも一つの策だ。
だが、まずは様子見だな。
今動けば側近に“叛意あり”と取られる」
そのとき――
机を叩く音が響いた。
「ふざけてるわ!」
ジェシカが立ち上がり、頬を紅潮させて叫ぶ。
「どうして誰も言わないの!?
あの女が“皇女”だなんて信じられない!異議を申し立てるべきよ!」
「ジェシカ」
サラが低くたしなめる。
「口を慎みなさい。
アルヴェイン公爵家とベネット侯爵家が亡命させていたのよ。
物証も証言も揃っている。
貴方の発言は皇族侮辱罪に罰せられるわよ」
「だって!」
反論しようとするジェシカをアンナが制した。
「いいじゃない!
皇家とアルヴェイン公爵家の婚姻は、古来より禁じられているわ。
あなたにもまだチャンスが巡ってくるってことでしょ」
「それなら!」
ジェシカは涙を浮かべたまま続けた。
「それなら早く婚約を結べばいいじゃない!
そうすれば、公爵夫人の座は私のものよ!」
サラがため息をつく。
「貴族の婚姻は駆け引きと義務で成り立つの。
あなたの“もの”ではないのよ、ジェシカ」
静まり返る部屋の中で、大公爵は重く息を吐いた。
「……ジェシカはもう少し情勢を学びなさい」
「それで、これからどうするのですか?」
アドルフの問いに大公爵は何かを企むように唇を歪めた。
「まずはカインを皇女の側近の一人に推挙する。
カインは準備しときなさい」
「分かりました」
「アドルフはアンナと共に皇女の侍女、使用人に推薦できる貴族派の令嬢をリストアップしときなさい」
「はい」
カインは小さくため息をつくと、大公爵の手元のワイングラスを見つめた。
赤い液体の中にゆらめく灯がうつる。
それはまるで、燃え尽きぬ野心の炎のようだった。
***
数日後、帝都中央宮――貴族会議。
皇帝陛下を中心に、帝国の主要貴族たちが円卓を囲んでいた。
その場には皇帝、大公爵家、公爵家を始めとした貴族の面々の姿がある。
予め準備されていた議題を終えた後、ドゥーカス大公爵がゆるやかに立ち上がり、一礼した。
「陛下、この度の皇女殿下のご帰還、誠に喜ばしきことでございます。
ですが――」
少し言葉を切り、会場を見渡す。
「お年頃の殿下に、いまだ婚約者が決まっておられぬのは、いささか不安でもあります。
国政の安定のためにも、早々にご縁組をお考えになるのがよろしいかと」
ざわ、と小さく空気が揺れる。
皇帝は黙して聞き、ノアはわずかに眉を寄せた。
「……まだ時期尚早ではないでしょうか」
ノアが静かに口を開く。
「殿下はようやく宮に戻られたばかりです。
公務も再開されたとはいえ、まずは心身の安定が先かと」
大公爵は薄く笑んだ。
「公爵殿。
令嬢たちは十五で婚約を交わすことも珍しくはありませんぞ。
それに世継ぎのことを考えられるなら、女性である皇女殿下には早めにお相手を決めていただかねば」
ノアの手が拳を握る。
その様子を、大公爵は冷ややかに見つめた。
(これは……もしや……)
これまで、何事も冷静沈着に進めてきたアルヴェイン公爵家の者が初めて見せる弱さに大公爵は余裕の笑みを浮かべる。
「……それに、公爵殿ご自身も。
そろそろ“身を固める”ことをお考えになっては?
アルヴェインの名を継ぐ者として、次代を見据えねばなりません」
その言葉の裏に込められた意図を、ノアは痛いほど理解していた。
「……ご忠告、痛み入ります。
ですが、今は皇女殿下をお支えする時。
そのような時に自身の身を案ずるような真似は致しません」
彼は冷静を装って頭を下げたが、その声の奥には確かな苛立ちが潜んでいた。
会議の後、ノアは廊下を歩きながら、深く息を吐いた。
この国の政治が、あの優しい笑顔さえも利用しようとしている現実に――強い怒りが込み上げていた。




