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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

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不毛な思い

 個室へ入ると、ソフィアの顔色が明るくなる。


「そんなに……怖かったですか?」


「はい!

 アルヴェイン公爵様は、エリシア様に近付く貴族たちを一人一人、それはもう鋭い目で見ていて……」


 身振りを交え、真剣な顔で言う。


「まるで、獲物を探す鷹のようでした!」


「……ノアが、鷹?」


 思わず口に出てしまい、はっとする。


「アルヴェイン公爵のこと、そう呼ばれているんですね!」


 指摘された私は恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じた。


「あ!すみません……つい普段の呼び名を出してしまいました……」


「いえ!私には気を許して下さっているようで嬉しいですわ!」


「ありがとうございます」


 ソフィアはふと首を傾げる。

 

「そういえば……以前お話しされていた幼馴染の方って、

 もしかしてアルヴェイン公爵のことですか?」


「……っ!?」

 

 そういえば、ソフィアには恋愛相談のように自分の気持ちを話したことがあったのを思い出した。


「もしかして、アルヴェイン公爵をお慕いに?」


「そ、そんなこと……!」


 慌てて否定するが、頬が熱い。


「でも……顔、真っ赤ですよ?」


 くすりと微笑むソフィア。


「違います!!

 私がアルヴェイン公爵家の方を思うことは許されておりませんし」


 私たちには掟がある。

 そして、もし仮に掟が無くても、私が皇位継承者として立った今、公爵家の当主と結ばれることは有り得ない。

 家督の問題も発生するのだから。


「許されるかどうかは別として、思うのは自由ですわよ。

 というより、気持ちは止められないものでは無くて?」


 ソフィアは恋愛の話になると途端に積極的になる。


「そう……ですわね」


 確かに、ノアを思うこの気持ちはもう無かったことにはできない。


「もし――もしも、ですよ?」


 ソフィアは声を落とし、悪戯っぽく微笑んだ。


「殿下が皇女でなかったら、どうなさっていました?」


 答えは、喉の奥で凍りついた。


 想像してはいけない。

 けれど、浮かんでしまった情景を、完全に消すこともできない。


「……分かりません」


 それが、精一杯の答えだった。


「分からない、ということは」


 ソフィアはそっと言葉を選ぶ。


「可能性が、ないわけではないのですね」


 胸の奥に、温かな痛みが広がる。


 望んではいけない。

 けれど、もし皇女でなければ、彼と恋をすることも許されたのだろうか……。


「でも、やっぱり、その感情は不毛です」


「そうでしょうか……」


 ソフィアは顎に指を当て、思案するように言った。


「アルヴェイン公爵様、殿下がいらっしゃる時だけ、少しだけ――雰囲気が違いますもの」


「そうですか?」


「ええ。普段から微笑みを崩さない方ですけど、どこか隙のない方なのに、殿下に対してはずっと眼差しが柔らかいです」


 その言葉に胸が、ふわっと浮つくのを感じた。


「……それは、幼馴染だからではないでしょうか?」


「一応、私とアルヴェイン公爵様も幼なじみですわ。

 ですが、あのような眼差しを受けたことは一度足りともございません」


 そう断言されて、言葉に詰まる。


 視線を伏せた私に、ソフィアが何か言いかけた、その時だった。


 控えめな声とともに、扉が叩かれる。


「皇女殿下、失礼します」


 ノアの声。

 その声を聞いた瞬間、胸がドクッと音を立てて跳ねる。


「バビリアン子爵がご挨拶をしたいとのことですが、もう少しお待ちいただきますね」


「ありがとうございます」


 彼は距離を保ったまま、端正な礼を取る。

 公の場で見る“アルヴェイン公爵”の顔だ。


 努めて平静を装う私の横で、ソフィアの瞳がきらりと光った。


(……駄目。

 その顔は、絶対にろくなことを考えていない)


「まあ!公爵様!」


 案の定だった。

 さっきまでノアの視線が怖いなんて言っていたのに、今はお構い無しだ。


「ちょうどよろしいところに!」


「……?」


 一瞬、ノアが戸惑ったように瞬きをする。


「私、お聞きしたかったことがあるのですわ」


 にこにこと、無邪気な笑顔。

 けれど、その瞳は獲物を逃がさない。


「公爵様は、どうして縁談をすべてお断りになっているのです?」


「ソフィア嬢!」


 思わず声を上げるが、もう遅い。


 そういえば、この二人は確か、元々婚約者候補同士だと言っていたはず……。


 こんな会話をして、大丈夫なのだろうか?とノアの方を見ると、彼は一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに答えた。


「……私の立場では、軽々しく縁を結ぶことは出来ません」


 あくまで、理性的な声音。


「それに今は皇女殿下の側近として、誤解を招く行動は慎むべきですから」


「まあ……素敵です!」


 ソフィアは感嘆したように両手を合わせる。


「では、殿下が危ない目に遭われたら?」


 彼女は間髪入れずに次の質問をする。


「その時も、公爵様は“側近として”動かれるのですか?」


 空気が、ぴんと張りつめた。


 ノアは、すぐには答えなかった。


 ほんの一瞬――

 まるで、言葉を選ぶより先に、感情が口を塞いだかのような間。


「……エリシア様が」


 そこで、言葉が止まる。


 ノアは一度視線を伏せ、改めて言い直す。


「……殿下にそのような事態が起こらないようにお守りします」


 ノアの視線が、思わずこちらに向く。


 公的でも、形式的でもない目線に胸の奥が強く締めつけられた。


 ソフィアは何かを確信したように微笑った。


「……なるほど」


 小さな声で、でも確かに。


「それはもう、“側近”の顔ではありませんわね」


 その言葉を受けて、ノアはわずかに目を伏せた。


「……そのようなことは」


 静かで、抑えた声。


「私の役目は、あくまで皇女殿下の側近としての務めです」


 きっぱりとした否定。


「立場を逸脱する感情を、抱くことは許されません」


 ――許されない。


 その言葉が、胸に刺さる。


 ノアは顔を上げ、まっすぐ前を見据えた。

 まるで、自分自身に言い聞かせるように。


「フローレンス嬢が想像されるような感情はありませんよ」


 沈黙が落ちる。


 重くも、張りつめた静けさ。


 私は、何も言えなかった。


 ソフィアは、少しだけ首を傾げる。


 そして、微笑んだ。


「……ええ。そうでしょうね」


 否定を受け入れるような、穏やかな声。

 けれど、その瞳は、迷っていなかった。


「“許されない”と分かっていらっしゃるから」


 ノアの指先が、わずかに揺れた。


「公爵様」


 ソフィアは、柔らかく言葉を重ねる。


「感情を持たないことと、

 感情を抑えていることは――別ですわ」


 一瞬、空気が止まった。


 ノアは何も答えない。

 否定も、肯定も。


 けれど。


 その横顔は、先ほどまでの完璧な“側近”のものではなかった。


 ほんのわずかに、痛みを孕んだ沈黙。


 それだけで、十分だった。


「……失礼いたします」


 ノアは深く一礼すると、踵を返した。


 扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


 その背中を、私は見送ることしかできなかった。


 そんな空気を破るようにソフィアが声を発した。


「あら!いけない!

 他にも挨拶をしないといけない方が沢山いらっしゃるのに、こんなに長く足をお止めしてすみません!

 お話できて良かったですわ」


 彼女は不自然にそう言って屈託のない笑みを見せて続ける。


「良かったら、またお茶会をしましょう!

 続きをお話したいですわ!」


「……え、はい。

 楽しみに……しています」


 この様な雰囲気に一人残されるのは憂鬱だったが、まだ夜会は終わっていない。


 私も部屋を出ると、扉の前ではノアが立っていた。


 いつもならすぐに微笑みかけてくれるのに、ノアはこちらを見ようとしなかった。


 少し心細く思いながらも、それを悩む時間は与えられなかった。


 挨拶に来る人が後を絶たなかっただからだ。


 すべての挨拶が、心地よいわけではない。

 忠誠を装いながら、探るような視線を向ける者。

 皇位継承の行方を計るように、言葉を濁す者。


 けれど、不思議と怖くなかった。

 私は小さく息を吸い、背筋を正す。


(私は、エリシア・ヴェル・セレスティア)

 ――セラとして生きた時間ごと、この名で立つ。


 光も、影も。

 賞賛も、敵意も。


 すべてを受け止めて、前に進まないといけない。


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