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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

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手のひら返し

 夜会が本格的に始まると、私の周囲は一気に人で満たされた。


 ――予想はしていた。

 けれど、想像以上だった。


「皇女殿下。このたびのご帰還、心よりお祝い申し上げます」

「長らくお姿を拝見できず、案じておりました」

「必ず戻られると信じておりましたわ」


 次々に向けられる深い礼。

 柔らかな笑み。

 敬意と忠誠を滲ませた言葉の数々。


 数日前に“セラ”として同じ広間に立っていた時とは、まるで別の世界だ。


 ――あの頃。


 視線を向けても気づかれないふりをされ、

 針のような視線を向けられ、

 悪意のこもった囁きに、

 時には露骨に距離を取られたこともあった。


 それが今はどうだろう。


 同じ声。

 同じ顔。

 同じ手。


 けれど、向けられる感情だけが、まるで別物だった。


(……人は、立場を見る)


 それを責めるほど、私はもう無垢ではない。


「皇女殿下」


 次に現れたのは、建国祭後の夜会で取り囲みの一人だった中級貴族の男だった。

 セラの時に何度か挨拶したけど……。


 彼は一瞬だけ、私の顔を凝視する。


「……皇女殿下」


 男は言葉を選ぶように一拍置き、そして深々と頭を下げた。


「以前、無礼がございましたなら、お詫び申し上げます。

 まさか、殿下とは知らず……」


 謝罪の言葉。

 けれど、そこに混じるのは驚きと――焦りだ。


 だけどそれを咎めた所で仕方ない。

 私は、ただ微笑んだ。


「お気になさらず」


 その言葉に、男は安堵したように息を吐いた。


 ――許された、と。


 でも、違う。

 私は忘れない。


 次に現れたのは、老齢の伯爵で確か大臣の一人だ。

 この人は、昼餐会で挨拶をしてくれた人。

 セラの時も一定の礼を失わなかった数少ない人物だ。


「……やはり、そうでしたか」


 彼は小さく、けれど確信を込めて呟いた。


「もしやと思っておりました。言葉の端々、所作、視線の置き方……。

 きちんとした教育を受けた方のものでしたから」


 胸が、少しだけ温かくなる。


「お気づきに?」


「いえ。そんな気がしていただけです。

 なんのお助けもできず申し訳ございまん」


 彼の言葉には、打算よりも慎重さがあった。


 ――こういう人が、帝国を支えてきたのだろう。


「その分、これからは助力できるよう精進致します」

 と、伯爵は目を細め、深く礼をした。


「ありがとうございます」


 彼が立ち去った後、ノアは私の耳元で小さく囁いた。


「今の方はガルシア伯爵です。

 ベネット侯爵と同じく皇帝派の重鎮です」


「そうですか」


 帝国貴族が全て悪い人じゃない。

 味方にこういう人が居てくれるなら心強い。


 その時、明るい声に呼び止められる!


「皇女殿下!!」


 振り返ると、ハニーブロンドの髪を綺麗に編んだソフィアがいた。

 更にフローレンス公爵と公爵夫人の姿も見える。

 見知った顔に少しほっとする。


 形式的な挨拶を済ませると、フローレンス公爵は複雑そうな表情を浮かべた。


「まさか……セラ様が皇女殿下とは思いもしませんでした。

 よくぞ!よくぞ!お戻りに……。

 このアベル・フローレンス、兄上の分もあなた様をお支えします」


「……ありがとうございます」


 自分を支持してくれることは嬉しい。

 だけど……この場でそれを宣言するのは頷けない。


 私が皇女であることはこの場で知ったはず。

 支持者達になんの相談もなく、皇太子候補から降りることを宣言しているようなものだ。


 私はちらりと公爵の周囲に立った大人たちの顔を見る。

 カールトン伯爵を初めとする支持者たちの顔は予想通り固まっており、中でもあんなに穏やかだった夫人の目は睨むように鋭く光っていた。


(これはこれで良い収穫かも……)


 フローレンス公爵は、父の仇の為に皇太子候補に立ったと言ったが、周囲にいいように踊らされているのかもしれない。


 私は小さくノアの服を引っ張った。


 ノアは一拍だけ沈黙を置き、柔らかな笑みを浮かべて口を開く。


「フローレンス公爵。

 皇女殿下へのご厚意、確かに受け取らせていただきます」


 その声音は穏やかで、非の打ち所がない。

 だが――逃げ場は与えていなかった。


「ただ、今宵はあくまでご帰還を祝う夜会。

 この場で立場や支持を明言されるのは、殿下のお立場を不要に揺らしかねません」


 微笑みは崩れない。

 けれど視線は静かに、まっすぐフローレンス公爵を捉えている。


「政治の話は、改めて正式な場で。

 それが、殿下への最大の敬意かと存じます」


 一瞬、フローレンス公爵が言葉を失う。


 周囲の貴族たちは、誰も口を挟まない。

 むしろ――納得したように、静かに頷く者さえいた。


「……失礼しました」


 フローレンス公爵は短くそう告げ、頭を下げる。


 その隣で公爵夫人が、小さく息を吐いた。


「アルヴェイン公爵の仰る通りですわ」


 その囁きは、称賛というより事実の確認だった。


 フローレンス公爵がその場を立ち去ると、周りからヒソヒソとささやき声が聞こえる。


「フローレンス公爵とアルヴェイン公爵では親子ほどの歳の差がありますのに、アルヴェイン公爵の方が周りが見えてますわね」


「カールトン伯爵もフローレンス公爵を支援するのにかなりの財を費やしたでしょうに……何の相談も無しにこの場で切られるとは、やるせないでしょうな」


「風の噂によるとギルフォード公子が平民に入れ込んで家に帰らないのだとか……」


「まぁ、そんなことが」


(そういえば、ギルフォード公子をしばらく見ていいない……)


 私は首を小さく振った。

 噂を鵜呑みにしてはいけない。


 セラの時に思い知った。

 当事者のいない噂話ほど、元の形を持たないと。


 そして、そんな囁きから庇うように、私はソフィアに声をかけた。


「ソフィア様。お久しぶりです」


「その……私、皇女殿下とは知らず、沢山失礼なことを言いました。

 申し訳ございません」


 そう言って、お辞儀をする彼女の肩は少し震えていた。


「ソフィア様、私は嬉しかったです!

 あなたが身分を気にせず話してくださって、お友達になってくれたこと」


 これは本心だ。

 慣れない社交の場で彼女が屈託なく話してくれて、どれだけ嬉しかったか。


「よろしければ、これからもお友達として仲良くしてください。

 それに、私たちは従姉妹です。

 もっと楽に話しましょう」


 私の言葉にソフィアは、目を潤ませた。


「はい!

 ありがとうございます」


 ふとらソフィアの視線が私の斜め上を見ていることに気付いた。そっちには……ノアがいる。


「もしかして、アルヴェイン公爵にお話ですか?」


 私がそう話すと、ソフィアが顔を青くする。


「ち、違いますわ!」


 ソフィアは大きく首を振ってそう言うと、私にしか聞こえない小さい声で呟いた。


「少し、二人で話せませんか……?

 その……公爵様の目線が怖くて……」


 私が振り返ると、ノアはいつものように柔らかい笑みを浮かべている。


 (怖い……?かな?)


「フローレンス公女と少しお話しても大丈夫ですか?」


 私がノアに話しかけると、彼は大広間の奥の方を手で示す。

 

「でしたら、皇族専用の個室をお使いください」


 私たちはそれに従って、大広間に付属した個室へと向かった。

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