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私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~  作者: MARUMI
建国祭編

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誓い

 side ノア

⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


 部屋には静寂だけが残った。


 規則正しい寝息。

 白いシーツの上で眠る彼女は、驚くほど穏やかな顔をしている。


 ――エリシア。


 帝国の皇女であり、恐らく現状での第一皇位継承者。

 そして、命よりも大切な人。


「良かった……本当に……」


 皇太后の私室で毒に倒れた彼女を見た時、どうにかなってしまいそうだった。

 

 目の前で、何よりもたいせつな人が消えてしまいそうな焦燥感と絶望。

 彼女を殺めようとした者への激しい怒り。

 そして、またもや彼女を危険に巻き込んだ自分への苛立ち。


 (もし、彼女を失っていたら……)


 想像するだけで、恐ろしい。

 

 その時、自分が自分でいられる自信も、

 その先を生きていける自信も無い。

 彼女を奪ったこの世の全てを恨み、呪うだろう。


 ――この国を守るべき存在の自分が、だ。


 ノアは心に宿った黒い感情を吐き出すように小さく息を吐いた。


 椅子に腰を下ろし、そっと彼女を見守る。


 今日一日で、彼女はどれほどの決断を重ねただろうか。

 毒に倒れ、目を覚まし、それでも立ち上がり、

 皇女として戻ると宣言した。


 誰に強いられたわけでもない。

 逃げ道がなかったわけでもない。


 ――彼女は、自分で選んだ。


 それがどれほど残酷な選択か、

 彼女自身が一番分かっているはずなのに。


 ノアは、無意識のうちに拳を握りしめていた。


(……私は)


 彼女を守ると誓った。

 あの日、泣き崩れる彼女を守りたいと……。


 彼女が皇位継承争いに参加するということは、

 彼女が孤独になるということだ。


 誰にも弱さを見せることができず、

 誰にも甘えられず、

 彼女の愛すら、政治の秤にかけられる。


 それでも彼女は、選んだ。


 ノアは、眠る彼女の手をそっと取る。

 小さくてか弱い、温かい手。


 この温もりを、

 この柔らかさを、

 この“ただの少女でいられる時間”を――


 すべて、帝国に差し出す覚悟を。


 ノアは困ったように眉を下げて目を伏せる。

 

(本当に……手の届かない人になってしまう)

 

 それでも、答えはずっと前から決まっていた。


 彼女が立つのであれば、彼女を支える。


 その道がどれほど血に塗れていようと。

 どれほど孤独で、救いがなくとも。


 彼女が立ち続けられるよう、

 盾であり、刃で在り続ける。


 恋をしてはならない相手を、

 愛してしまった罰なら、喜んで受けよう。


 彼女が誰かの隣に立つ日が来ても、

 そこに、自分の居場所がなくても。


(……それでも)


 彼女が女帝として玉座に座り、

 帝国が息を吹き返し、

 民が未来を信じられるなら。


 それでいい。


 ノアは、そっと彼女の手を額に当てた。


「……行ってください、エリシア様」


 眠る彼女に、声は届かない。


「あなたが選んだ道を、

 私が、必ず正解にします」


 それは愛の告白ではない。

 誓いだった。


 誰にも聞かせるつもりのない、

 護衛でも、公爵としてでもないただ一人の覚悟。


 灯が揺れ、彼女の金の髪を淡く照らす。


 その光を、ノアは決して奪わない。


 ――彼女は、光の中へ行く人だ。


 だから自分は、影になる。


 彼女が帝国の光になる、その日まで。

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